SS(本)

□トリップ誕
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「じゃーん」

未だかつてない程、トリップがテンション高めの声ではしゃいだ。
ベッドの端、膝の間に座らせている蒼葉を手でひらひらと煽りながら。
パソコンを見つめていたウイルスが振り返って、はぁっと呆れたような溜息を吐く。

「蒼葉の髪編みこんでみた」

さっきから蒼葉を膝に置いて黙々と何かやっているなと思っていたが、蒼葉の髪をセットしていたらしい。
蒼葉の前髪の付け根の辺りで、綺麗に編みこまれた三つ網がアーチを描いている。
可愛い花柄のピンの位置も完璧。美容師がセットしたと言われても納得の出来上がりだ。
本人も実に満足な仕上がりらしく、あおばかわい〜を連呼しながらトリップが上機嫌に頬ずりを繰り返している。
当の蒼葉は昨晩も遅くまで散々可愛がったので、眠そうに欠伸を繰り返していたが。

「お前って、ホント図体に似合わず無駄に器用だよな」
「無駄って何よ。全然無駄じゃないでしょー。蒼葉可愛い」
「確かに可愛いのは認めるけどな」

様々な角度から二人であみこみ蒼葉をカシャカシャとコイルで撮りながら、緩い口論は続いていく。

「ウイルスは器用そうな顔して不器用だよな。この前も蒼葉のみつあみ頼んだらぐしゃぐしゃだったし」
「違う。あれはみつあみじゃなくて、その後解いたらゆるふわパーマ風の蒼葉さんになるのを楽しみたかっただけだからあれでいいんだよ」
「はいはい」

ウイルスの意味不明な言い訳を流しながら、次にトリップが手にしたのはメイク道具一式だった。
今度は蒼葉の体をくるりと反転させて向かい合い、たくさんあるチューブのひとつを手にとってクリームを蒼葉の顔に塗っていく。
男の生活に全く不必要なものをこんなにたくさん、いつの間に用意したんだろうか。
ウイルスが不思議そうにメイク道具を眺めながら首を傾げた。

「蒼葉さんにメイク必要か?」
「まーそりゃこのまんまでも充分可愛い蒼葉にメイクなんて不要だけどね。たまにはいいじゃん。こういう機会だし」

今日のトリップはやたら饒舌だった。
誰ですかあなたと言いたくなる程にさっきからよく喋っている。上機嫌が為せる技なんだろうか。

喋りながらも実に手際よく、トリップがどんどん蒼葉にメイク道具を走らせていく。
コイツ実はヘアメイクが天職なんじゃなかろうか?そう思わせる程の手つきだ。
そしてまた、大人しくメイクされている蒼葉がいつもと違った風にどんどん美しくなっていく様に目が離せなくなっていることに気が付き、ウイルスがはっと我に返る。
してやったりとニヤリと笑うトリップと目が合って、ウイルスは妙な気恥ずかしさを隠すように眼鏡をかけなおす素振りをした。

「それに、こうした方が服に合う」
「服?」

最後に丁寧に蒼葉の唇にグロスを塗り終えたトリップが、また「じゃーん」とはしゃぐように近くにあった大きな袋から何かを取り出した。
それは、可愛らしいパステルカラーのワンピース。

「ああ、それ…」

そのワンピースには見覚えがあった。
ウイルスの表情にトリップが瞳を柔く細める。

「そ。あれ」
「あの店の前通る度言ってたもんな、蒼葉さんに絶対似合うから着せたいって」
「ほら、言った通りすげー似合うと思わねぇ?」

蒼葉の体の上からその服を合わせて、トリップが満足げに蒼葉の手の甲にキスをする。
それは明らかに可愛らしい女物で、いくら蒼葉が可愛いと言っても無理があるだろうとウイルスは思っていたのだが、ここに来てから痩せて儚げな雰囲気を漂わせはじめた今の蒼葉には思いの外似合っていた。
メイクの所為もあって、蒼葉がだんだん女性に見えてくる程だ。

「すごく似合ってますよ、蒼葉さん」

蒼葉のもう片方の手を取りウイルスも甲にキスをする。
蒼葉はそのヒラヒラした服をゆっくりと一瞥したあと、そうか?とでも言いだけに小首を傾げて目をぱちくりさせた。
マスカラのせいで長く伸びた睫のおかげなのか、瞳の動きがいつもより更に愛らしく見える。
首を傾げる素振りも可愛くて二人は唇にむしゃぶりつきたい衝動に駆られたが、さっき塗ったばかりのグロスがどうにもテカテカしていたのでもう一度手の甲にキスすることで我慢した。

「デートするならさ、やっぱ男同士よりもカップルのがいいよな。その方が人目にもつかないし。今の蒼葉なら余裕で俺の彼女に見えるだろ。帽子も買ってあるしね」

やっぱり今日のトリップは饒舌だ。
ワンピースに続いて大きな袋からインナーやアクセサリー、靴にストッキングに下着まで。
次々と今日のために用意したらしいアイテムが取り出されては蒼葉の前に並んでいく。
ひとつひとつ、トリップの丁寧な説明付きで。
あまりにもそれが長いので途中から蒼葉の爪を磨き始めたウイルスが片手の指を終えてしまった頃、やっと説明は終わったのだった。

「…気合入りすぎだろ」
「だって俺の誕生日プレゼントだし」

な、蒼葉と嬉しそうにトリップが蒼葉をぎゅっと抱きしめる。
そうなのだ、今日は何を隠そうトリップの誕生日なのだ。
こんな朝早くから蒼葉をセットしてやたら饒舌かつ上機嫌な理由はそこにあった。
ウイルスが呆れた顔をすると、嬉しげなままのトリップが見つめてくる。

「ウイルスがせっかく段取りしてくれたデート、全力で楽しまないとな」

ウイルスを見つめたまま、蒼葉に同意を求めるような口調でトリップが言った。
その台詞に、ウイルスがまた眼鏡をかけ直す素振りをする。

「そうだよ。お前が誕生日に蒼葉さんと外でデートしたいとか無茶言うから。東江の目逸らしから仕事の調整にケーキ屋とホテルの予約まで…感謝して欲しいもんだね」

そうして、ウイルスが今までパソコンに刺していたデータを投げて寄越して来る。
コイルに繋げて見ると、今日の行動の予定とかケーキ屋の場所とかホテルの案内とか。
まるで遠足のしおりみたいに綺麗に整理されているデータがウイルスらしくて笑ってしまう。
昨夜も遅くまで起きていたからウイルスを起こさないように気を使って蒼葉をセットするつもりだったのに、結局朝早く一緒に起きてこうして構ってくれるところも可愛いらしいと思う。
言ったら殴られるから言わないけれど。

「笑うな」
「いや、めちゃくちゃ感謝してるって」
「どうだか」
「ホント、ウイルスさんきゅー。愛してる」
「いっ!」

ウイルスが柄にもなく驚愕した顔でひどい叫び声をあげ、頬を押さえて後ずさった。
トリップに腕を掴まれて引き寄せられたかと思えば頬にちゅうなんて可愛くキスされたもんだから鳥肌が止まらない。

「なにそれ、ひどくね?俺のちゅー」
「いきなり変なことするなバカ!蒼葉さんっ!」

蒼葉に頬ちゅーの上書きをせがむウイルスを見て笑ってから、トリップがコイルを眺める。
ウイルスは高級ホテルのスイートを一泊予約してくれたらしい。

「でもま、ホテルは休憩だけして帰ってくるよ。ウイルス一人じゃ寂しくて寝れないでしょ?」
「バカ言え」
「こんな可愛い蒼葉、俺一人だけで楽しんじゃったら勿体無いしね」

トリップの本気なのか気遣いなのかよくわからない台詞。
また感じる妙な気恥ずかしさを誤魔化すように、ウイルスはまた眼鏡をかけなおす素振りをした。

「照れてる?」
「バカ言え」
「はは。さて、じゃあお着替えしよーか蒼葉ー」
「まだデートは始まってないからな。俺もお手伝いしますよ蒼葉さん」
「えー?」
「こんな美味しい作業、黙って見てらんないだろ」

スットキングとヒラヒラした薄い素材の女性用下着を手にしてウイルスがにっこりと笑う。
トリップもつられるように笑った。
出発にはもう少し時間がかかってしまいそうだ。

「俺の誕生日の時は、もちろんお前がデートプラン建てるんだからな」
「おっけー。あ、蒼葉のヘアメイクはウイルスじゃ蒼葉可哀想だから俺がやってあげる」
「うるさいよ」

こうしてやっぱりいつもより饒舌なトリップの誕生日は、まだはじまったばかりである。
ケーキ屋で蒼葉におめでとうの言葉と一緒にケーキをあーんしてもらって更に饒舌になったトリップにウイルスがうんざりするのは、もう少し後の話なのである。

HAPPYBIRTHDAYTORIP!

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