夜鷹の恩返し

□晦
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その日は日が沈む前から起きていた。その場に落ちているもので、急ごしらえに作った包帯で、白銅鏡の破片を握った左手をぐるぐる巻きにしていた。これで月夜見様には、こちらの考えを読むことは出来ない。鏡とはあらかじめ打ち合わせしてある。これで、合図をした時以外は自分の考えを一切漏らさない。

日が沈む。扉が開くのをいつもの場所で待つ。どのくらい経ったか分からない。今日は出て来ないのかもしれない。そんなことを考えていると、扉が静かに開いた。中から出てきた月夜見様は、今までに会ったことのある月夜見様とは全然違う様子だった。神々しい光と共に、寒々しい眼差しで此方を見据えられる。

やっぱり綺麗だ。ここで終わっても構わない気になってしまう。左手の中の鏡が一瞬熱くなって目が覚める。そうだった、月読様を解放して差し上げなくては。

「今宵は星の綺麗な夜でございます。」

「夜鷹、お前は俺を殺すのか?」

「一介の鳥が神様を殺すなど、不可能でございます。」

「それでは、この右目を抉るか?」

「月読様のお顔を傷つけるなど、自分には出来ません。」

「では、お前はこのまま何もせずに天照に殺されるのか?」

天照様が殺すのか。少し驚いたけど、今はどうでもいい。

「いいえ、このままではありません。月読様も月夜見様も解放して差し上げます。」

「解放とはまた大それたことを。それこそ不可能であろう?」

「月夜見様が協力していただければ、可能でございます。」

「協力?」

そこで、月夜見様は大きな口を開けて一頻り笑った。こんなに大きな口をお開けになる姿もお笑いになる姿も始めて見たので、驚いた。

「お前は面白いな。始めてだ。よし!飯でも食おう。」

月夜見様は指をパチリと鳴らすと、机の上にいつもの食事が現れた。流石神様だけある。

「先程からお前の考えがまるで読めない。何か術でも施してあるのだろう?あ、いい。答えは言うな。俺が考えたい。」

手招きされて月夜見様の正面に立ち、一礼して座る。月夜見様はとても楽しそうに話し出す。

「お前はあいつが始めて選んだ挑戦者なんだ。いつもは俺が生贄を望むか、天照が挑戦者を送りこんでくる。ほら、これ上手いぞ。」

差し出された料理を見ると、虫だった。驚いて顔を上げる。

「ん?これは好きではなかったか?こっちか?」

よく見れば出ている料理の殆どが虫だった。

「何を驚いている。俺は神だぞ。この位分かるさ。さあ、食え。」

「月夜見様。質問したいことが幾つかございます。」

「質問?俺にか?ハハ!益々愉快だ。」

この方も孤独だったのかもしれない。いや、この方の方が孤独かもしれない。月に一度、月読様のお身体を借りて出て来ても、ご兄弟はお逢いにならない。ここには、ご兄弟しかいらっしゃらないのに。

「貴方様が神様ですか?」

「いかにも。」

「何故この部屋に閉じ込められていらっしゃるのですか?」

「天照の力は俺と同等だ。」

「貴方様のお身体はどこにあるのですか?」

「夜見の国だ。」

「何故、そちらをお使いにならないのですか?」

「天照に閉じ込められた。この身体から抜け出せても、この屋敷の外へは出られん。」

「どうしたら、その呪いは解けるのでしょうか?」

「天照を殺すか。天照がこの術を解くしか方法はない。」

なるほど、やっぱり自分には選択の余地がないようだ。

「月夜見様に提案でございます。」

「言ってみろ。」

「自分の身体にお移りになっていただけませんか?」

「それでは、お前が俺に飲み込まれるぞ。そうすれば、お前は永遠に孤独だ。それに、お前のような粗末な身体では俺が入っては一塊りも残らないぞ。」

「貴方様がご協力くだされば、夜見の国までは保てるでしょう。」

「使い捨ての容れ物で良いというのか?」

「構いません。」

「お前の身体を使って反乱を起こすかもしれないぞ。」

「そこはご安心を。例え反乱を起こされても、貴方様が月読様に危害を加えることは叶いません。」

「もう、手は打ってあるとでも?」

「その通りでございます。」

しばらく、月夜見様は腕組みをなされてお考えになられた。
「よし!お前の策に乗ってやろう。」

「ありがとうございます。」

「だが、今日はやめておこう。明日の日の出までがお前に与えられた時間のはずだ。それまで、一緒に呑もう。明日でお前は最期かもしれないしな。」

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