夜鷹の恩返し

□立待月
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今日も掃除をしていると、あちこちの棚から色々と物が降ってきた。昨日よりも頻度や重量が増しているように感じた。それでも、慣れとは恐ろしいもので、物が落ちてくる気配や避ける間合い等、徐々に分かってきていた。

そんな奇妙な掃除をしていると、やけにハッキリと鈴の音が鳴った。これは月読様がお呼びになっているということだ。全神経が鈴の音に集中すると、待ってましたと言わんばかりに、頭上の棚から厚い辞書の類が雨あられと降ってくる。すぐに、2,3冊躱してこの危険地帯から抜け出そうとするが、まるで何かの意思でも働いているかのように、降ってくる辞書によって逃げ道がなくなる。また、降ってきた後の物によって、足元も危なげになる。

ヒト型は面倒だ。元の姿ならば、ここから抜け出せるかもしれない。

そんな考えが頭をよぎると同時に、視界がみるみる変化する。周りの物が大きくなりだす。力強く床を蹴飛ばしていた脚は、痩せ細り頼りなくなる。一方で、何の役にもたっていなかった腕が逞しくなり、羽毛が生える。

つまり、元の姿に戻っていた。
自分の考えは当たっていたようで、夜鷹の姿で降ってくるものを躱し、危険地帯からの脱出に成功した。

そのまま、低空飛行を続けているとまた視界が変化する。今度は脚が太くなり、腕の筋肉は軟弱化し、羽毛は皮膚となっていく。

気が付けば、最初のヒト型で大き目のパーカーを纏っていた。

鈴の音を頼りに、中央の部屋へ向かうと月読様がソファーでお寛ぎになって、客人と談笑なさっていた。戻ってきた自分にお気づきになったのか、こちらをご覧になられて微笑まれた。客人の方も自分の気配にお気づきになられたのか、振り返ってこちらをご覧になられる。

まるで戦士のような体格で、肌は日に焼け、こちらに向けられた目は大きく、簡単に射すくめられてしまう。緊張で強張る体に鞭打ち、懸命に足を動かして、月読様のお寛ぎになられているソファーの後ろに立って、客人に頭を下げる。

「この子は夜鷹。しばらく、ここに置いておくことにしたんだ。」
月読様は自分を紹介すると、こちらを振り返る。
「あっちは、僕の弟でスサノオ。たまに会いに来るんだ。」
ちらりと、そちらを向くとなるほど確かに、月読様と似ていて、スッと通った鼻筋にお美しい顔立ちをされている。しかし、スサノオ様のお顔は歪んでゆく。すぐに顔を伏せて、自分が見られないように、フードを目深にかぶる。

「兄さん、もう拾って来てはだめだと、姐さんに言われてたの、忘れたのかよ。」
呆れ気味に聞こえた、スサノオ様のお言葉に、やはり自分は歓迎されざる者であることを再認識する。
「大丈夫だって。今回は大丈夫だよ。この子なら、上手くやってくれる気がするんだ。」
そう言って、自分のフードを引っ張り、月読様のソファーの隣を叩いて座るように合図する。申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、浅く腰掛ける。そのせいで、より近くなったスサノオ様との距離に心臓は破裂しそうに鼓動を叩く。

「夜鷹。兄さんを裏切るんじゃねえぞ。」
そう言って、こちらを見遣られると蛇に睨まれた蛙さながら、冷や汗が湧き出てきて、必死に首を振る。

そのまま、三人で食事をとることになった。そんな感じで今日の夜も更けていく。

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