夜鷹の恩返し

□十六夜
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ふかふかとした長椅子は、今までで最高の寝心地だった。目が覚めると、日の暮れかかる夕暮れで、西日が窓からさしこんでいた。あまりの眩しさに、本棚の隅のほうに隠れると、頭上から何冊か分厚い本が落ちてきた。必死に後ろへ飛びよけたが、その内の一冊が頭をかすった。かなり痛かった。それらの本が落ちたときの音も、ドサドサではなく、ゴトゴトと石でも落ちたかのような音だった。

これが、月読様が仰っていた罠だろうか?確かに、まともにくらえば失神は免れなかっただろう。

月読様は日が沈んでしばらくしても部屋から御出にならなかった。先に、食事を頂くのはかなり気が引けたので、まずは昨日の掃除の続きを行うことにした。

その後も色々なものが降ってきた。本はもちろん、壺に木箱、何かの岩石。それらは気のせいか、部屋の奥に行けば行くほど徐々に当たったときの衝撃が強いものとなっていた。

きっと、奥に行けば行くほど何か価値のある書物を保管しているのだろう。自分には文字が読めないが、これほど罠を厳重に張っていらっしゃるには何か理由があるに違いない。

そう、気を引き締めると天井が近づいていた。
ここまででだいぶ疲労が溜まっていたが、流石に命の危機を感じて、さらに奥へと飛ぶように駆ける。後1歩というところで、天井が頭をかすめた。

"ボフッ"

壁などではなく、柔らかいものにぶつかった。恐る恐る目を開けば、一面真っ白。目が潰れるかと思うほどに清らかなその光に、自分が触れていいものでないはずの清廉な布地。

溶けてしまう。

「大丈夫かい?」
頭上から降り注ぐ、稟としたお声に血の気が引く。先程の動きに負けず劣らず、後ろへ飛び退き平伏す。

なんてことをしてしまったんだ。

どうしてこんな部屋の奥に月読様がいらっしゃったかは分からないが、そんなことは今はどうでも良い。自分の失態による罰を怖がるというよりは、失態そのものが恐ろしい。

「良かったね。ぎりぎり間に合ったみたいで、君はなかなかに運が良いみたいだ。」
嬉しそうな月読様に、いったいどんな顔をすれば良いのか分からず、床に同化するくらいに、
平たくなる。
「いつまでも、頭下げてなくていいよ。ぶつかったことなんて気にしてないから。」
月読様は、そう言って自分の前まで来られると、フード越しに自分の頭を撫でてくださった。

月読様がその広い御心で、お気になさらなかったとしても、自分は立場がないのでございます。

「そんなこと言っても、ずっとこうしてるわけにはいかないでしょ?」

それは、その仰る通りにございますが…

今、月読様が自分と会話した?

「会話っていうか、僕が君の考えていることを読んだだけなんだけどね。」

・・・

「器用だね…」

しばらく、自分は固まり何も考えることができなかった。ようやく我に返ったときには、ひたすら呪文のように、申し訳ありませんと念じ、月読様に咎められ、ようやく部屋の中央へ戻ることになった。
不思議と、月読様と一緒のときは、何かが降ってくることはなかった。

食事中、月読様の机の後ろにある、大きな窓のカーテンが全開となっていて、そこから見える月は、満月に劣らず綺麗だった。

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