Parallel Lines

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そろそろ帰ろうかと出入り口に歩み出した瞬間、「お、今吉」と後ろから呼び止める。
つられて振り向くと知らない人。接し方から見ると、どうやら同僚の人らしい。


「この後暇か?って聞こうとしたけど…なんだ、暇じゃなさそうだな。彼女できたのか?」
「あー、そんなとこ?」
「なんで疑問なんだよ。でもお前が彼女作るとはなあ。もういいのか?」
「はは、まあそない詮索せんといたってぇや」
「おう、悪かったな。じゃあ」


軽く会釈をし、その場を去る同僚さん。
その背中を見送りながら、今吉先輩は申し訳なさそうに口を開いた。


「悪いなあ。彼女ちゃう言うたらあいつ詮索しよるから、面倒やし適当に返してもうた」
「あ、大丈夫です。そんなとこだろうなとは思ってましたから」
「そうか。それやったらええねん」


ほな帰ろうか、と外に出る。
傘を広げ、地面に叩き付けられて飛び跳ねる水滴を気にしながら帰路へとついた。
しかし何か引っ掛かる。
さっきの会話からすると、今吉先輩には彼女はいないらしい。しかも、あの様子からして彼女がいることは珍しいようだ。
そして一番引っ掛かるのが、「もういいのか?」という一言。
何がいいのだろうか。何かあったのだろうか。


「今吉先輩、」
「んー?」
「先輩は彼女作らないんですか?」
「せやなあ、今んとこそういう予定はないなあ」
「なんでですか?」
「んー、なんでやろうなあ」


彼にしては曖昧な言葉。不思議に思ったが、これ以上の詮索はしないでおこうと思った。もしかして、あまり人に知られたくないのかもしれない。はたまたもしかして、本当に理由がないのかもしれない。
そういえば、中学の頃も今吉先輩のそういった話を聞いたことがなかったなあ。そのくらいの年頃なら、そういった系統の話の一つは二つくらい、出てきてもおかしくないはず。
単に私が知らないだけかもしれないけど―――


「ほら、ぼーっとしとったら置いてくで」
「あ、はい!」


まあ、過ぎた事を考えても仕方がない。とりあえず、今、先輩には彼女がおらず、私が居候しても大丈夫なことだけは分かった。それだけ分かれば十分だ。
申し訳ないけど、もう少し、事が収まるまでお世話になろう。あまり長くいては迷惑だろうし、せめて一人暮らしができるほどの仕事と場所を見つけるまでは。
もしどちらも見つけて、今吉先輩の所から出る時は、何か贈り物をした方がいい。何がいいだろう。それも近いうちに考えておかねば。
そんな事を考えながら、少し先を歩く今吉先輩を追う。いつもより早歩きな彼に、何の疑問も抱かずに。
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