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□携帯電話
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…らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
ポチッ
『巻ちゃーん?おはようなのだーっ!』
「あー…モーニングコールさんきゅーショ」
ブチッ
…らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
坂道から無料でとれるからとダウンロードしてもらった着メロが頭に響く。寝起きの身にはこの音楽、高くて辛いっショ…
『あ、巻ちゃん?どうして切るのだー?』
「用事はもう終わったっショ…」
『あははっ、モーニングコールは終わったけど、まだ俺は巻ちゃんと話したいぞ!』
「じゃあまた、明日もよろしくっショ」
ブチッ
…らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
さすがに今回は無視した。
いつからだろう、毎朝かかってくる電話。
おかげでここ最近は目覚ましいらずだ。
しかし坂道にはわるいが、本気でこの着メロの歌が嫌いになりそうなのが悩みだ。
部活終わり。
どうせまた東堂からの着信が入ってるんだろうなと思いながら携帯を開く。
思った通り、不在着信が1件。なんだ、今日は随分少ないな、と携帯のロックを開いた。
予想は外れた。東堂からじゃなかった。
金城からだった。
「なんっショ金城、この着信」
「ああ、すまない。部活前にな、間違って押してしまったんだ。気にしないでくれ。」
「ああ、そう…」
おかしいなと思った。
毎日毎日、いやと言うほどかけてくる。
それも大概決まった時間に、だ。
朝はもちろん、部活終わりに携帯を見ると必ず着信が入っていた。東堂から、1日に平均して7件ほど。
って俺は何気にしてるんだ、女子かっショ。
自嘲気味にため息をもらして制服に着替えた。
家についても、風呂から上がっても、部屋でグラビア雑誌を見てても。
その日は東堂からの着信はなかった。
鳴ったらウンザリするのに、鳴らないなら鳴らないで気になるな…。
と、その時。
…らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
ポチッ
「もしもし東堂?珍しいなお前が、」
『お?田所だぞ?なんだお前、東堂の電話待ってたのか?』
「た、たたた田所っち!?」
しまった。画面を見ずに通話ボタンを押してしまった。どうせ東堂だろうと決めつけてたから。
「はぁー、…で、なんショ」
『あのなぁ、』
つまりは後輩自慢だった。
手嶋と青八木が今日2人で田所っちに肉まんおごってくれたと。しかも5個。
どうでもいい。スッゲェどうでもいい。
キリの良いところで切ると、午後10時。
げ、田所っちと1時間も喋ってた、
携帯をパッと見るが、東堂から電話はおろか、着信すら入っていなかった。
朝起きると、9時半だった。
「っは…?!あれ、なんで!始業まであと5分しかないっショ!!」
どう頑張っても間に合わない時間だ。
なんで、寝坊なんて初めてだ。いつも、東堂からの電話でスッキリ目覚められるから______。
そうだ、着信…は今朝もなかったようだ。
毎朝、毎朝。明日は休みだから昼まで寝かせろと頼んでも毎朝8時キッカリに電話があっていたのに。
おかげで俺はタイマーいらずで、設定なんてとっくの昔に解除して…。
やっちまった。昨日電話がない時に気づいていれば。
「っは、っは、ふ、」
電車よりも自転車の方が速い。ほらもう裏門坂だ。得意のフォームで登っていく。
だけど、いつもよりも遅い。サイコンのメーターを確認してもいつもより時速が5kmほど。
1時間目ギリギリ間に合う時間に到着。
しかし、教室に入ると教師はおらず、黒板に自習の2文字____。
焦って損した。でもギリギリだった。
良かったっショ。
「珍しいなぁ、お前が遅刻とは」
「チース田所っち。東堂が今朝は電話してくれなかったんだっショ」
「なんだお前、東堂からのモーニングコールで起きてんのか!」
うっさいショ、と田所っちを小突く。
「しかし珍しいな、東堂がお前に連絡よこさないなんてヨォ」
「ああ…ほんと珍しいっショ」
その日も、東堂から連絡はなかった。
次の日も、次の日も。
俺の携帯には8時に目覚ましタイマーがセットされたままだった。
…らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
期待してディスプレイも見ても、東堂の2文字はない。
「ハァーイ?どうした坂道?」
『あっ巻島さん!僕、最後に部室出ようとしてたんですけど、数Uの教科書、巻島さんのがあって、まだ近くにいますよね?僕、持っていきましょうか?!』
「数U…ああ、忘れてたわ。今正門坂降りきったとこだから、よろしく頼むっショ」
『はい!』
ぶつっ、電話は切れた。
…らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
らぶりー☆ちゃんす ぺたんこちゃん♪
また坂道か?まだなんか忘れもんあったっけかな、と携帯を耳に持っていく。
「今度は何ショ_______」
『巻ちゃん!!!』
東堂だった。
声を聞いたのは、実に5日ぶりだった。
『いやぁー、ここ数日巻ちゃんの声聞けなくて寂しかったぞ!』
「…」
『実はな?携帯を水没させてしまってな?修理に出してたんだ』
「…」
『声聞けないから会いに行こうとしても福富や荒北が許してくれなかったのだよー』
「……」
『ん?巻ちゃん?』
「…バァカ」
『えっ?巻ちゃ』
ブツッ。
通話終了ボタンを力強く押した。
また流れるあの甲高い着メロ。
「あれっ、この音楽…巻島さん着メロにしててくれたんですね!」
「嬉しいなぁ…、あっ、はいこれ!教科書です!」
「…?巻島さん…?」
「どうかしたんですか?顔、赤いですよ…?」
「えっ、そ、そうかっショ?」
この5日で気づいた。
俺の中で、奴が、デカイ存在になっていたこと。