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□初恋の壊れる音
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今日は、中学校の入学式だ。
あの名門、雷門中学校に入学できると決まった日からこの日をずっと待ちわびてた。
と同時に不安だった。もともと人見知りだった俺はクラスに馴染めるか心配だった。

そんなとき、隣の席にちょこんと座っていた女の子が話しかけてくれた。

「髪、綺麗だね」
「え、そう?ありがとう」
「うん、私、山菜茜。よろしくね」
「お、俺は霧野。よろしく」





入学式、初めて声をかけてくれた女の子はみつあみの、ふんわりした雰囲気の女の子だった。
山菜はサッカー部のマネージャーを希望していて、サッカー部に入部しようと思っていた俺は会話が弾んだ。


この時、すでに俺は山菜に惚れていたんだろうと思う。
可愛くて、ふわふわしていて、究極の癒し系だと思った。

正直、初対面で髪をほめてくれるなんて俺に気があるんじゃないかと思ってた。自惚れとでもナルシストとでも呼べ、本当にそうだった。
その思いは、その日の放課後にすぐに打ち砕かれた。

山菜とサッカー棟へ向かう途中、クラスが別れてしまった幼なじみの神童と会った。

「ああ霧野…その女の子は?」
「俺の隣の席の子なんだ。サッカー部のマネージャー希望だとよ」
「あ…あの…山菜茜、です…」
「俺は神童。よろしく、山菜さん」


あいさつも終わったところで、サッカー棟に入ると、先輩方がすでにユニフォームで並んでいた。サッカー部は毎年入部希望者が多いので、入部テストがあるそうだ。

俺は、なんとしても入部しなければならなかった。だって、山菜がマネージャーだから。
山菜にタオルをもらったり、スポーツドリンクを作ってもらったり…。もちろん元々サッカーは得意なのだが、今の俺の入部希望理由は不純すぎる内容だ。

「がんばってね、霧野くん」
「…!あ、ありがとう、山菜」

山菜の一言で、がぜんやる気が出た。
山菜が、俺を見てくれてる。それだけで、頑張れる気がした。



「次!霧野!」
「はい!」

ついに俺の名前が呼ばれた。
テスト内容は、1人一本ずつシュートをうってみろ、というものだった。DFの俺には少し不向きだったが、山菜にみてもらうために…!

サッカーボールの位置を確認し、利き脚で蹴るために調整し、狙いを定める。_______そして、蹴った。


ボールはゴールネットに突き刺さった。


「やった!入った!見たか山な_____」


彼女は、俺がシュートをうっていたゴールと反対のゴールでテストを行っていた神童の応援をしていた。あ、神童、必殺技使ってる…。

「シン様…ステキ…」

そう言っている山菜を見て、急に気持ちがしぼんでいくのを感じた。

「おい、見ろよあの1年。あんな技見たことねぇぞ」
「本当だ…ありゃ間違いなく合格だな」
「おい霧野、下がっていいぞ」

先輩たちが口々に神童を褒めた。
普段の俺なら、素直に喜べたのに。俺は、あんなすごい奴の幼なじみで、親友なんだって。
でも今はただ、神童が憎くて、羨ましかった。



合格者発表は、神童が真っ先に呼ばれた。そりゃそうだろう。あんな必殺技を見せつければ。
それに比べて俺がよばれたのは一番最後、ギリギリの数合わせかおまけみたいなもんだったのかもしれない。

「霧野、やったな、合格だ!これから一緒に頑張って行こうな」
「…ああ、もちろんだ…」

それから神童は1年にして、試合でレギュラーになるくらい活躍していた。
試合でおろされた先輩も認めるほどの実力で、神童はその名の通り、本当に天才だった。

それからまた驚いたのは半年後。
3年生が引退し、2年生と俺たち1年生の新チームになったときだった。
顧問がキャプテンの発表する、というと、2年生の空気が張りつめたのが分かった。まあ、俺たちには関係ないか、と流そうと思って聞いていると、呼ばれたのは神童の名前だった。

「ちょっと待って下さい!俺はまだ1年生ですし、このチームの主戦力になれているわけでもありません。もっと適応した人がいるはずです!」
「その適応した人物がお前だ。期待しているぞ」

神童は引退した元キャプテンからキャプテンマークを受けとると、みんなの前で頭を下げた。


俺は、なんともいえない気持ちだった。自分が選ばれるなんて思ってなかったけど、まさか神童なんて…。
神童がダメなわけじゃない、嫌なんてこともない。

「シン様、キャプテン頑張ってください」
「ありがとう、山菜。できる限りがんばってみるよ」

そうか…俺は、『これ』が嫌なのか…



神童はキャプテンに任命されてから、今まで以上に練習に励んだ。
俺はというものの、練習に練習を重ね、自主練も毎日やっているのに一向に伸びなかった。
神童への嫉妬心は日に日に強くなり、それでも神童は嫌いになれなかった。


神童はまさに主人公のような役回りで
俺はその主人公の親友ポジション。


練習は怠らないけど、けして結果が目に見えるわけではない。報われることのないポジション。
俺はサッカーも、男としても神童に負けた…。



それから2年になり、山菜は相変わらず神童びいきだ。ずいぶん俺も慣れたものだ。
山菜は最近覚えたというカメラで神童をパシャパシャ写してた。
俺が、あのカメラの中に収まることはないのかなぁ…。


「山菜、話がある」

山菜を呼び出したのはある日の放課後だった。行動を起こそうと思ったのはいつまでもウジウジしていてはサッカーにも勉強にも身が入らないことがこの1年でよく分かったからだ。



「山菜…俺…山菜が好きなんだ」

「ふ、フラレるのは分かってるけど、
スッキリしたくて…」


山菜は何も喋らずにいた。
うつ向いて、表情が読めない。困ってんのかな、突然こんなこと言って。
すごく申し訳なくなってきて、同時に悲しくなってきたとき、山菜が俺に、いつも持っているカメラを差し出した。

「…それ、見て。現像、…して」
「え…?」
「それが、私の答えだから」

………。
それは、つまり、神童が好きだから、ごめん、って意味か?
俺はその場から走って去った。

あんまりじゃないか。ごめん、その一言をくれたら俺も何も言わなかったのに。「現像して」だなんて、遠回しに、そんな断り方ってあるか。畜生。
その日は眠れなかった。






「…シン様、私、霧野くんに告白されちゃいました」
「良かったじゃないか」

「でも、返事するのが恥ずかしくて、このカメラを渡して、現像して、って言ったんです」
「そしたら、霧野くん、走って何処かへ行っちゃった…。」
「何か、悪かったのかな。私が今まで撮った霧野くん、見てほしかったのに」



カメラの中には神童の写真と、それを遥かに上回る霧野の写真のメモリでいっぱいだった。

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