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□どうせこのまま生きたって
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「もうすぐ20歳かぁー。」

午後の授業が終わり、大学のキャンパスの廊下で南雲は呟いた。

「大人になるのが、嬉しい?そんなに」
「嬉しいよ、そりゃ」

答えると、涼野はうつむいた。隣で歩いているが、表情は読めない。

「私は大人になんかなりたくない。大人なんて、どうせ…うわべだけだ」
「…まだ5年前の事気にしてんのかよ」

5年前の事とは、俺たちが14歳の時のことだ。
俺らは壮大で規模のデカい宇宙人ごっこに参加した1人なのだ。
この計画は、半ば強引に参加させられ、しかも計画は失敗に終わり、俺達を率いてくれた存在は、俺達を道具として扱っていたことを事件後告白した。

利用するだけして、捨てられたのだ。俺たちは。

風介のいうことも分かるし、俺だってたくさん傷ついた。けど、もう5年も経つし、時効なんじゃないかなぁ…と思うようになってきた。

「父さんはたまたまああいう人だったんだよ。いい大人だっていっぱいいるって、俺はこの5年で気づいたぞ」

風介はピクリとも動かない。表情はまだ見えない。

「晴矢は同級生やサークル仲間や、講師にも人気があるもんね。さすが人気者のいう事は違うよ」
「アンタさぁ…。クラスの親睦会にも来ねぇから友達できねぇんだぞ。今からでもサークル入ってみれば?」

まともな中学生活を送れなかった俺達は、国の補助を受けてなんとか高校、大学と通わせてもらっている。

「私は、晴矢がいればいいから。同じ痛みを知ってる晴矢しかいらない」

風介は本気で言ってんな、と心のどこかで感じ取った。
この5年間、高校も卒業して大学にも入学して、でも風介が大人と話すところを見たことがない。可能な限り、俺達はずっと一緒にいたのに。

同級生に話しかけられると、たどたどしいがちゃんと返事はしていた。ただ、先輩や講師など20歳になっていない人でも目上の人を前にするとダメなのだ。
怖い、とかじゃなくただ嫌い。気持ち悪いと風介は言う。

風介は昔から応用がきかないというか、頑固だった。
風介が1度嫌いと思った物は、それは風介が一生涯嫌いな物になる。2度と好きになるということはないんだ。


だから、5年前のあの日、風介は誓ったのだろう。

大人なんか嫌いだ、と。










「晴矢、Happy birthday!!!」

ぱんぱん、とクラッカーが鳴り響いた。バイトから帰ってきたらこれだ。俺はかなりビビった。

「あ、そっか…誕生日…。」

今日は俺の誕生日だった。20歳の。
風介が嫌う大人に、ついになってしまった。チラリと風介を見たが、ニコニコ子供のように笑っていた。
毎年、大人になる晴矢なんて嫌いとブスくれてるくせに、今日はいやにご機嫌だ。

「ほら晴矢、見て!ケーキもあるんだよ!」
「えっ!ケーキまで用意してくれたんか」

いつから予約してくれてたのだろうか。ケーキの真ん中を陣取る板チョコには、『はるやお誕生日おめでとう』とホワイトチョコペンで書かれていた。

なんで今年はこんなに祝ってくれたのだろうという疑問は一気に吹き飛んだ。
誰かから祝われる誕生日というのが、こんなに嬉しいものなのかと、俺は素直に喜んだ。


20歳の誕生日は最高の思い出ができた。




ケーキを平らげ、風呂にも入り、寝るまでの時間をごろごろして過ごしていた頃。時計をふと見ると22時だった。

「……晴矢、もうすぐ…20歳になっちゃうんだね…?」
「ん?え…もう、俺20じゃね?」
「……正確にはまだ君は19歳だ。君が生まれたのは今から20年前の今日の22時32分02秒だ」

ぞくりと背筋が一瞬で凍った。なんだって風介は、俺の生まれた時間までも正確に知っているんだ?俺でさえも知らないことなのに。

「…ほら、晴矢これみて」

風介がズボンのポケットから取り出したのは、何かの小さめなノートだった。随分と昔の物のようで色褪せた部分がほとんどだった。

「なんだこりゃ…?」
「…表紙はくたくただけど、中は大分キレイだよ、開いてごらんよ」
「……?」

風介の言った通り、表紙よりかはキレイで、文字もはっきり読める。
そのノートの、1ページ目に書かれていた文字。

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『母子手帳』

母:姓 南雲 名 ■■
子:姓 南雲 名 晴矢

生年月日:19XX年XX月XX日
22時32分02秒…

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紛れもない、俺と、名前も、顔さえも覚えていなかった母さんとの母子手帳だ…。
寒気は強まる一方だった。

「なに…、こ、こんなもの…どこで…」

声が震える。

「私が園に来たとき、職員の机の上に置かれていたんだ。興味本意で盗んで、園の大人に返すに返せなかったんだ。
ちなみにこれは、君が園に来たときに、君の服のポケットに入っていたそうだよ」

そうだったのか…。

でも、園に返せなかったっていうのは分かるけど、俺には渡すことができただろ?なんで、十数年も、俺の母子手帳を保管してたんだ…?


「私…昔から晴矢しか見てなかったよ」

「園の近くの空き地で、皆でサッカーしてたときも」

「宇宙人ごっこって、馬鹿げたことしてたときも」

「高校3年で、初めてクラスが別れたときも」


「ずっと…私が一番見てたのに、晴矢はどんどん私から離れていっちゃう」


風介が一歩、また一歩とじりじり近づいてくる。俺は尻をつけたまま後ろへ下がった。
足に力がまるで入らない。腰が抜けたって、こういうことをいうんだろうか。


「晴矢は大好きだけど、嫌い…。」
「…ふ、ふうす」
「大人になんかなっちゃう晴矢も
私が一番じゃない晴矢も…嫌い…」


風介の手のひらが、ゆっくりと俺の首に絡み付く。
親指で喉仏をぐっ、と押されると涙が出て、えづく。ゲホゲホと咳が出そうなのに、押し潰された喉でそれすらもできない。

「…っぐ…、ふ、っう…、やめ…!」
「晴矢が悪いんだ、晴矢が…全部」


必死に酸素を吸い込もうとするけど無駄だった。むしろもがけばもがくほど辛くて、苦しくて。

「…うぅ…っが、………〜〜っ!」
「………ばいばい、晴矢」


ぼんやり見えてた風介の顔が笑っていたような気がした。








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2XXX年XX月XX日 22時29分59秒
南雲 晴矢 死亡

死因 窒息死

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「ああ、間に合ったよ晴矢。君は大人になる前に死ねた。君は20歳にまだなってないよ。」

「君は、永遠に19歳なんだよ」

「大人になんか絶対になれないし、私がさせないよ」


くたくたの母子手帳には、幼い風介の字で晴矢の成長の記録がびっしり書いてあった。

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