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□泣かないで
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※霧野達がフランスから戻ってきたときのお話




「…霧野先輩おかえりなさい」

俺が素直にこんなことを言うのが珍しかったのか、霧野先輩は満面の笑みで「ただいま!」と言ってくれた。
俺はもう嬉しかった。
戦いが激しい時代に行くとしか聞いてなかったから、心配で心配でたまらなかった。

でも…

「…先輩?」
「どうした、狩屋?」
「先輩、なんか元気ないですね。どうかしたんですか?」
「そっか?そんなことないぞ」

そういって笑う先輩。
俺にはバレバレだ。その笑顔が、作り笑いだってことぐらい。

向こうで何かあったのだろうか。
まさか、戦いで大きな怪我を負ったとか…?!

「先輩、ホントにどうかした…」
「大丈夫だから、何もないから!」

なんにもないはずないのに。
でも、先輩はもう行くな、と自分の教室に戻ってしまった。
イライラする、なんだかしらないけど腹が立つ。
先輩に隠し事をされたくなかった。



俺はその日の放課後、部活が終わってから図書館に行った。
先輩が行った、あの時代を調べるためだ。

(確か…ジャンル…?ジャンヌ.ダルクだっけか…)

見つけた。
俺は今の今まであまり知らなかったがジャンヌ.ダルクが相当すごい戦士だったことは、書物を読んだだけで分かった。
若い、20にも満たない少女が、大勢の大人を率いていたというのだから。

そして、次のページを開いた瞬間、俺の脳がフリーズした。

普通こんな昔話じゃ、ジャンヌは村の民達を救い、皆仲良く幸せにくらしたのがオチってもんだろ。
なんだよ、なんだよこれ…

ジャンヌは、異端者として死刑されていたのだ。
処罰は火あぶり。
点火されるまでジャンヌは「神様、神様」と嘆いていたらしい。
火の勢いが強くなると「全てを委ねます」とおとなしくなったという。
こんなときでも彼女は神の声を聞いたのか。

こんな、残酷なこと、知りたくない。でも先を読まずにはいられなかった。
目の前がチカチカしていたけど、しっかりそのページは読んでしまった。


もしかして、霧野先輩はこの場面を見たんではないだろうか。
いや、書物によると霧野先輩が行った時代よりも少し後に処刑されたらしいから、それは違う。

じゃあなんで霧野先輩はあんなに元気がなかった…?
もしかして、ジャンヌは関係なかった?


どちらにせよ、あの時代にいればジャンヌのことは知っているはずだ…


次の日、俺は朝一番で霧野先輩のところへ行った。


「なんだ狩屋、朝っぱらから」

先輩は気だるそうにしながらにへらと笑った。
普段の先輩はそんな笑いかたしない。俺は普段から先輩を見てるから分かる。




「先輩、ジャンヌ・ダルクさんはどういう人でした?」
「…………」

先輩の顔色が、明らかに変わった。

「ど、どんなって…普通の、女剣士だったぞ。」

動揺しているのは火を見るよりあきらかだった。
たどたどしくなって、俺と目を合わせなくなった。

「ジャンヌさんは、霧野先輩のこと、すきでしたか」
「…は、……そんなわけ、な…」

「霧野先輩は、ジャンヌさんのこと、好きでしたか。」

「………っ」


先輩は泣き崩れてしまった。俺の目の前で、膝ま付くようにして。
頭を抱えて、ああぁ…と泣き叫んでいた。
見ているこっちが辛かった。どれだけ、ジャンヌさんが好きだったか、どれだけ、ジャンヌさんを想っていたか。
俺にはわかるはずないんだけど、伝わってくる。


先輩は、想い人を亡くして、心の底から悲しんでる。
涙を流して苦しんでいる。





昔、園の庭でこっそり飼ってた猫が翌朝冷たくなっているのを見たときは涙なんかでなかったけど。
世界で一番大事だった両親から見放されたときも、涙なんかでなかったけど。

この人は、霧野蘭丸は、人が死んだことで、心から悲しめる人なんだ。


「き、霧野っ…先輩ぃ…っ」
「……バカ、なんでお前まで泣いてんだよ…っ」


この人なら、信じてもいいと思った。
この人なら、愛してもいいと思った。

この人に、愛されたいと思った。


「泣かないで…」
「…」

俺がいうと、先輩は黙って俺から逃げるかのように教室を出ていった。



俺の愛した人。
その人は、かの有名な女剣士を愛していた。







ジャンヌ・ダルクのあれこれは、Wikipediaより引用

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