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□隣人
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私は今年19になる、高校もつい最近卒業した。おひさま園は高校を卒業すると面倒をみてくれない。つまり、私は今日から一人暮らしをはじめる。

駅から歩いて20分、家具着き、少し安めでワンルームのマンションを見つけたのですぐそこに決めた。家具といっても、椅子、テーブル、ベッド、冷蔵庫くらいだ。
幸い、このご時世だが職は見つかった。収入はそれなりに安定してるし、そんなに困らないだろう。

必要最低限の荷物だけをまとめる。大きめのショルダーバッグに入ってるのは大概着るものだ。といっても、前に園にいた子が置いていった穴だらけで、漂白しすぎで色褪せた服がほとんどだ。


瞳子姉さんや園のみんなに軽くあいさつをした。たまには顔みせなさいよ、と言われた。私は分かってると頷いて、おひさま園の門をくぐった。毎日のように見ていた風景も当たり前じゃなくなる日がついに来た。
予想はしていた。だが、覚悟というものを全くしていなかった。なんだか実感がまるでわかない。



今、マンションの自宅前に立っている。管理人から事前にもらった鍵を上着のポケットの中で握りしめる。固くて冷たい、まるで私のように。
ゆっくり上着から手をだして、ドアノブに鍵を差した。ガチャン。音をたてて扉が開いた。埃っぽいにおいが鼻をついた。
ワンルームは部屋が広く感じるから得だ、と部屋の真ん中にショルダーバッグを置いた。長いこと首にかけていたからか、左肩が下がっているような気がする。

はぁ、ため息をひとつ。今日は土曜日だ。引っ越しということで休みをもらって、2連休。まず荷物整理して、余裕があったら月末の給料であれやこれを買って…
そんなことを思いながら、ベランダに続く窓を開けた。嬉しいことにスリッパがあったのでそれを履いてベランダに足をつけた。

騒がしい、とまではないが雑音が耳をついた。でも窓を閉めっぱなしの重い沈黙よりはいいと網戸にした。
もう夕方だからか、涼しい風が頬をなでた。
……あ。ふと思い出した。隣人に、あいさつをした方がいいのではなかろうか。しかし今の時代、律儀に隣人にあいさつをする好青年はいるもんだろうか。
少し悩んだけど、私はその好青年になろうと腰を上げた。幸い私の部屋は一番端だから、挨拶は一回だけで済む。
手みやげはいらないだろうかとまた悩んだが、夜になると迷惑かもしれないので挨拶だけで済まそうと、隣の部屋のチャイムを押した。

「はーい」

だるそうな声が聞こえながらドアは開いた。まず、誰が訪ねてきたか確かめないのか?不用心だなあ、と出てきたお隣さんの顔を見ないで言った。

「隣に越してきた、涼野です…」
「涼野ォ?」

やけに聞き覚えのある声だと、顔を見てみた。…やけに見覚えのある……。

「はる、や…」
「なに隣に引っ越してんだよ、ストーカーかっての」

冗談ぽく言った晴矢。…こんなとこに住んでたんだ。
晴矢は高校2年の夏、いきなり一人暮らしする!とかほざいて園を出て行ったのだ。同じ高校だったから、何処に住んでるのと聞いたが、彼は口を割らなかった。
確か一人暮らしをはじめた理由は規則にしばられずに自由になりたい、と言っていた。
お金は高校入ってすぐバイトをはしごしていたため結構たまっていたらしい。

学校の、制服以外の晴矢を見たのは本当に久しぶりだった。懐かしい。

「今日は挨拶だけ、と思ってたから。また時間のある時に話をしよう、じゃ。」

ちょっと気恥ずかしい気がして背中を向けて自宅へと戻ろうとした。そしたら肩を掴まれた。もちろん掴んだのはコイツしかいない。

「晩飯食ってかね?」

私にとって充分の誘い文句だった。
 

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