短編

□閉じ込めてみた
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「出せコノヤロー」

空耳かと思った。
いや、でも確かに銀魂の坂田銀時の声だった。
私は部屋の中を怖々と見回す。
彼がいるはずなどない。
私は一人暮らしであり、―ついでに恋人もなく―聞こえてきた彼の声は漫画の登場人物の物である。
(正確に言えば、キャラクターの声を担当している声優さんの声)

ありえない。

私は左右に頭を振った。
疲れているのかも。
この間の実習、予想以上にキツかったし。
そんなことを思っていると、妙に納得が出来てしまい溜め息を吐いた。
どうやらだいぶイカれてるみたいだ。
“銀魂狂”ならぬ“銀魂教”である。
そもそもここまで漫画に入れ込んだのは初めてだった。

何がそんなに引き付けるんだろう。

理由はわかりきっている物の、ぼんやりと考える。
そうしていると、再び幻聴が聞こえた。

「出せっつってんだよコノヤロー!」

今度はさっきと台詞が違う。
私は再び周りを見渡す。
二度も聞こえるなんて気持ちが悪い。
ぞっとした気分を抱えつつ、この出来事を早々に笑い話に変えようと携帯に手を伸ばした。
友達に話したらきっと笑われるだろう。

『私ってどんだけ銀魂好きなの』

自分に呆れつつ、携帯の画面を点けた。
この文庫本よりは小さく、薄っぺらい四角い箱は色んな情報をもたらしてくれる。
パッと明るくなった画面。
普段通りにロックを解除する。
そして、SNSに繋いで友達に馬鹿話を披露するつもりだった。
メイン画面を見るまでは。

「おい、ちょっとそこの人!こっから出してくんない?閉じ込められてんだよ」

その言葉とともに壁を叩く動作をしている彼には見覚えがあった。
見覚えどころの話ではない。
彼、坂田銀時がそこにはいたのだ。

『えっ』

絶句した。
大体、本当に驚いたときの人間は大概が何の反応も出来ないのである。

「よー、お前聞いてんの?銀さんをこっから出せって言ってんだけど。…おいおいおいおい、まさか壁が邪魔で聞こえてねーとかそういうオチ!?」

漫画の中で動き回っているあの坂田銀時が、本当に生きているように動いている。
携帯の画面の中で。
私はパニックを起こしかけている頭を落ち着かせようと深呼吸を繰り返した。

「何、何か顔色悪くね?俺を見て気分を害したとか言うつもりじゃねーだろうな」

彼は画面を叩く手を止め、こちらをじっと窺った。
私は息を整えて、ようやく一握りの冷静さを取り戻した状態で坂田銀時に話しかけた。

『あの、坂田銀時さん…ですか?』

「何だよ、聞こえてんのかよ。…ああ、万事屋銀ちゃんの坂田銀時なら俺だ」

信じられない。
私は思わず頬をつねる。
痛い、これは現実だ。
目の前の携帯の中の彼は存在していた。

「なあ、何か変なとこに閉じ込められてんだけど。お前がやったの?」

『いえ』

「つーか、出来るなら出してくんない?何なの、ここ。人っ子ひとりいねーけど」

『……』

「お前、そういやお前の名前は何だよ。…あれ、俺らどっかで会ったことあるっけ?」

彼から次々と投げられる質問に私は黙する。
決して答えられなかったわけでなく、ただ単に脳みそがまたもショートを起こしかけていたからだった。

わけがわからない。

それはこの状況にぴったりの言葉だった。
次から次へと発言する彼の目まぐるしい表情の変化を見つつ、私は頭の片隅で分析する。
彼もまたおかしな状況下で不安なのだろう、と。
私はもう一度、これが現実なのか確かめるために目をギュッと閉じて開いた。
しかし、坂田銀時の姿は消えない。
怪訝な顔をしている彼ときっと無表情であろう私は、しばらくそのまま見つめ合った。



終わり
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