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□今はコーヒーで我慢
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「小林くん、おはよー、」

「ん?おー名無しの、はよー。」


これが中一の時。


「小林!また授業サボったでしょ!
これ以上可哀想な頭になってどうすんの!」

「うるせーぞ阿呆ごんべぇ!
お前こそ酒ばっか飲んでると脳ミソ今よりちっさくなるぞ!」

これが中二の時。


「マサー、フラれたー。」

「あー?だから言ったろ?
あいつはお前には似合わねーって。
コラコラあんま鼻水つけんなよ。
で、干からびるくらい泣け。」


これが中三の時。



「ごんべぇ、オレ鈴蘭行くわ。」

「へぇー鈴蘭。秀吉と?」

「おぅ。どれだけの男か試してくる。」

「ん、行ってらっしゃい。」


これが卒業式の時。

マサの口から初めて鈴蘭に行くことを聞いて、
こらからは今まで通り一緒に馬鹿できないんだなーって実感した。

そしたらポロポロ目から零れてきた涙をマサは慣れた手つきですくって頭を撫でてくれた。



あぁ、こんなにも好きなのに。

二人ともこの心地よい関係を壊したくなくて
何も言わなかった。




そして、高校三年の11月。

受験生の私は受験対策に励む。


少し眠い。そう思ってコーヒーを入れたマグカップを持ち上げたけど、
予想より軽くてコーヒーは既になくなっていることを思い出した。


そういえば、さっき飲み干したんだった。


志望校が決まってからは
好きだったお酒にも手を出さずに、
夜寝ないためにコーヒーを飲むようになった。


それと同時にあの中学の思い出も薄らいでいった。


あー、本当に眠い。
コーヒー、飲まないと。
あー、コーヒー無いんだった。
コンビニ行こうかな。


この寒さで外に出たら一気に目が覚めそうだ。ついでにコーヒーと頑張ってるご褒美に何か買おう。

そう思い立って、適当な上着を羽織って外に出た。
うぅ、やっぱり寒い。


くらい夜道を一人で歩く。
怖いなぁ、幽霊とか出そう。
あ、前方に人影。


どうか普通の人間であることを願いながら段々近づく人影に注目する。

私たちは丁度、
薄暗い蛍光灯の下で
すれ違おうとした。


「……あ、」

相手が私のかおを見て間抜けな声を出した。

それだけで、誰だかわかってしまう、私。


今まで忘れかけてた淡い気持ちが鮮明に思い出される。


「ごんべぇ、だよな?」


自信なさげに私をのぞきこんでくる、派手な髪色。


「そうだよ。久しぶり、マサ。」


「おぉ!久しぶりだなー!
いつ以来だ?」

「んー、去年の春、くらいじゃない?」

「結構経つなぁ。
で、こんな時間に何してんだよ?」

まさか、酒飲んでたのか!
と笑うマサは一つもかわってなくて、少し安心したのと、
もうマサの知ってる自分じゃないという寂しさがこみ上げた。
飲酒一つで大袈裟かも知れないけど。


「お酒、もう飲んでない。
今受験勉強してるの。
で、コーヒー買いにコンビニ行くの。」


今度は言葉を失った、っていう表情をしてる。
何に驚いたの?
飲んでないって言葉?
受験勉強って言葉?



「お前、勉強してんのか…!」

勉強してる行為に驚いたらしい。
そりゃそうか、鈴蘭で勉強なんて無いに等しいだろうし。


「そんな驚くこと?」

「あー、まぁ驚くことだな。
お前だし。」

「何それ、聞き捨てならない。」


少し機嫌を損ねたフリをしたら
怒るなって、と私の手をとって歩き始めた。


「?、どこ行くの?」

「あ?コンビニ行くんだろ?」

「え、コンビニ行くけど、行くけど一緒に来るの?」

「だって夜道に女一人なんて危ねーだろ。」


「…………そ。」

何だか女扱いされるのが妙に恥ずかしくて可愛くない返事を返した。

それでもマサは私より大きくて意外にゴツゴツした手で、
しっかり私の手を握って歩いた。


中学以来の、久しぶりの感覚。



それを味わいながらのコンビニまでの時間は短く感じた。


「コーヒー、と
チョコレートにしよ。」


商品を手に取り、レジに向かう。


チョコレート3つと
コーヒー3つ。


コンビニを出るとマサが座っていた。

端から見ればコンビニにたむろするヤンキーの一人、に見える。

「マサ、はい。」

3つのうちの1つのコーヒーをマサに差し出す。

「ん?いいのか?」

そう言いながらちゃっかり手はコーヒーに伸びている。

「うん、ついてきてくれたお礼。」

「別に構わねーよ、こんくらい。」




結局、家まで送ってもらうことになってその間に
互いの近況を話した。

大体はマサの話で、
後輩の黒澤くんが、とか
今年の一年が、とか
秀吉に彼女が、とか


そんな話を聞いてる内に家に到着。
やっぱり時間は短く感じる。

「なぁ、大学どこいくんだ?」

「東京の大学が志望校。」

「ほんとか?!
オレと秀吉も東京出ようってなってんだよ!」

マサは全身から嬉しさを滲み出させてる。
私もかなり嬉しかったりする。


「じゃ、送ってくれてありがとうね。」

このままじゃずっと話していたくて堪らなくなりそうだと思い、
自分からサヨナラを言う。


「おう。受験頑張れよ。」

うん、またね、
簡単な言葉を返して背を向けた。


ドアを開けて入ろうとしたら、

「おい、ごんべぇ、
受験終わった日に、飲みにいこうぜ。」


思わず振り向いた先に、
そんな笑い方出来たの、ってぐらい大人の笑みみたいなのを浮かべたマサがたっていた。


「うん、絶対行く。」

大人の笑みかは分からないけど、私も笑い返してドアを閉めた。




よし、頑張るとしますか。






今から約束の日が楽しみでたまらないよ。


その日、この気持ちも伝えてみようかな。



もうコーヒーの手助けも要らないくらい、私の目は冴えていた。









―――――――――――
なーげーなーおい。

しかも落ちは、あれ?

マサに受験のご褒美的なものをもらいたかっただけです。

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