さんくす

□逃亡論パニック
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昔読んだ童話の中のお姫様は
王子様が現れて助けてもらうのを
ただ、待つだけだった。

でも、俺はか弱い姫なんかじゃない。
誰も助けてなんかくれない。
いつもそう、自分に言い聞かせて生きてきた。
―――心の奥底で、ここから救い出してくれる誰かを求めながら。




南沢篤志の役目は『シードとして雷門を内側から壊す』ことだった。
それは雷門のメンバーが嫌いだとかサッカーが嫌いだとか、そういう次元ではなかった。
生活がかかっている。これからの人生がかかっている。だから南沢はフィフスセクターに忠実に従ってきた。

しかし、その結果が剣城京介だった。
落胆する。自嘲する。すれども後悔は拭いきれない。
どこが抜かっていたかと聞かれれば、きっと最初っから全部だったのだと思う。


もう、ここにいる意味などない。



「南沢さん!」


倉間に『行かないでくれ』と懇願するように名前を呼ばれた。
そんな顔するなよ、なんて今の南沢に言える余裕はない。


「悪い、な」


短い謝罪の言葉は宙を舞う。
倉間のところまで届くか分からない小さな小さな声だった。

しかし、倉間はしっかりと頷いてそれから南沢に笑顔を向ける。


「待ってますから、」


それは南沢の見たことのない倉間の顔だった。
いつも特有のツリ目で睨みつけてきた生意気な後輩の、初めて見る顔だった。









「もう、終わりにしてもいいかな」

「何をスか?」


買い物帰り、隣を歩いていた倉間に独り言を聞かれた。


「俺の中の、戦い」


雷門との試合の後、ああ言ったのまでは良かった。本心だった。
だけど、南沢はシードなのだ。
ぐちゃぐちゃした葛藤が渦巻く。気持ちが悪い、吐き気がする。


「そんなに辛いなら、逃げちゃえばいいじゃないスか」

「えっ…?」


どこをみているのか、青い空を仰ぎながら倉間は呟いた。


「南沢さんが本当に辛いなら、逃げちゃえばいいじゃないスか。別に責めるやつなんていません。南沢さん自身もさっき言ってたじゃないスか。もう終わりにしてもいいかな、って。」

「ああ、そうだな」
――――逃げ出してしまおうか
王子様なんて程遠い、可愛い後輩と。





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