ころころころ。
こつん。
不意に何かが当たった感覚に足元へ目線を落とせば、其処にはちょうど掌に納まる程の赤い果実が転がっていた。
何の気なしにそれを拾い上げて辺りを見回すと、すぐ傍の青果店から駆け寄ってくる人影を見付けた。
ああ、彼処(あそこ)から転がってきたのか。
あの店は手狭な敷地内に様々な種類の商品が所狭しと積み重ねてあるため、何かの拍子に良くこの様な事態が起きる。
昔からこの商店街に馴染みのある自身にとっては、割と見慣れた光景だ。
「あっ…あの…すみません」
店から果実を追ってきたらしい少女が、おずおずと声を掛けてきた。
砂埃を払うように上着の裾で軽く磨いてから果実を差し出すと、少女は戸惑いがちに両手でそれを受け取った。
「ありがとう、ございます」
「ん…ああ、どういたしまして」
律儀に深々と頭を下げる少女の眼は、碧い海と同じ色をしていた。
髪色も炎夏の人間のような漆黒ではなく赤みがかった茶髪で、肌は随分と白い――炎夏人よりも目鼻立ちがはっきりとしていて華やかな顔立ちは、自分が炎夏を発つ以前は見掛けなかった筈だ。
「君は…」
「晴海ちゃん、大丈夫かい?」
ふと背後からの声に名を呼ばれた少女は、驚いたように肩を竦めた。
声のしたほうを見やると、青果店を営む中年夫婦が揃って店先から顔を覗かせていた。
「あ、すみませんっ…大丈夫ですっ」
どうやら会計の途中だったらしい少女は慌てて店内へと戻っていった。
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