□笛吹男のネズミ取り
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 1484年のとある日。
 その日はいつもと同じ様に晴れた日だった。

 朝の6時はまだ肌寒く、外に出ている人は少ない。
 ほうきで家の前を掃く人、市場の準備に取りかかっている人、手紙の配達をする人。

 街の教会の鐘が鳴れば、街は起きるのだ。
街から少し離れた所にある教会。
 その鐘が三回鳴れば朝になる。
 
そして、街からお腹が空きそうな匂いが漂う。
 どこの家からも、どこの食品店でも、市場からも。
 それはもう毎日のように、それはもう日課のように。

 街の人達は幸せだった。
 唯一人の少女を除けば。

「エル!」

 その声は、ごく普通の家から聞こえた。
 怒っている女性の声だ。
「あんた昨日勝手にパン食べたでしょ」
「……ごめんなさい。昨日一回もご飯食べてなかったからお腹が空いていたの」
 ぼろぼろの服を着た少女が怒っている女性に向かって答えた。

 少女は朝食の準備をしていたのか、台所に立って卵を焼いている途中だった。

 パァアンッ

 渇いた音が卵を焼く音と一緒に響いた。

 少女の頬は赤く少し腫れていた。
 平手打ち。
 女性は少女の頬を叩いたのだ。

「口答えしないで!だから子どもは嫌いなのよ」
 溜め息混じりに女性は言う。
 少女は何も言わない。
 そこへ階段から一人の男があくびをしながら降りてきた。

「ミラ。こいつはガキだろ。別にいいじゃねぇか」
 男が面倒臭そうに言う。
 ミラと言われた女性は少女から目を放し男に向き直った。

「だってこいつが勝手にパンを食べたんですもの。
まったく誰のお金で生活できてるんだか」
 女性は左手を腰にあて、右手で少し頭を掻く。
 男も苦笑した。

 少女はまた台所に向かって少し焦げた目玉焼きを二つの皿に盛り、そして机の方に運ぶ。
 ミルク、パン、サラダ、そして目玉焼き。
 一般的な朝食二人分が机に乗った。

「……できました。お母さん、アルジェロさん」
 少女は頭を伏せて二人に向かって言った。

 女性は「ふん」と言い、椅子に座る。
 アルジェロと言われた男も椅子に座った。

 そして女性は少女の目を見ずに言った。

「次は洗濯と掃除をしておいてちょうだい」

 少女は小さな声で「はい」と言い、階段をのぼっていった。


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