My Turn

□ジ・エンド
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『 ――特集◆ロックバンドZEPTO:光と影


 世界でその特質した歌声を認められていたクリスチャン・セロの突然の死によって、再び脚光を浴びたロックバンドZEPTO(ゼプト)のリーダー、メルヴィン・コールマンは関係者並びに批評家たちや多くのファンから批判を買っている。
 彼の死を招いた元凶と思われるコメントを発表したことと、類いまれなる歌唱力を持ったクリスの悪評を堂々と口にしたからだった。

 生前の堕落した生活を暴露し、親しい間柄であったメルヴィンにしか知り得ないクリスの裏の顔を明かし、バンドを愛してくれていたファンたちを騙していたと彼はインタビューで語ったが、ファンたちは今は亡きクリスを擁護し、恥ずかしげもなくバンド仲間を陥れる言葉を吐くメルヴィンへ嫌悪感を抱いた。

 だが、憎まれっ子世に憚るとはよくいったものである。
 嫌われているはずのメルヴィンが作るZEPTOの曲は飛ぶように売れた。それもそのはず、ZEPTOの天才的ヴォーカル、クリスの声がよみがえっているのだ。新曲にも関わらず、その声は健在。間違いなく彼にしか出せない彼の声だった。
 世界中のファンたち、音楽業界、彼らを知る者たちも感嘆の声を上げ、驚愕のあまり言葉を失った。

 だが、光の裏には影がある。
 クリスの死にまつわる様々な噂が広くインターネットを通じて多くの人に知られることとなる。
 バンド活動に積極的でなかったクリス。バンドが欲したのはクリスチャン・セロの声であって、クリス自身ではなかったのではないか。
 現在、メルヴィンは楽曲で使われているクリスの声についてのコメントを出していない。生前にレコーディングしたものなのか、近年の技術を駆使してクリスの声をよみがえらせたのか。亡くなっているクリスの了承を得ているのか。そうでない場合、問題が出てくるはずなのだ。

 いや、もっとも大きな問題はクリスが謎の死を遂げていることだ。
 彼の死を喜んだ者がいたとすれば、それは誰か。彼の死後、得をした者がいるとすれば、それは誰か。

 世界のロックファンたちの心を掴んで離さないクリスチャン・セロの歌声には、眩い光と暗い影がある。――』


 雑誌を閉じてテーブルに放る。吐き慣れたため息を飲み込み、後頭部で手を組む。
 見上げたスタジオの天井は今も変わらず真っ白だ。

 十年の月日をこのレコーディングスタジオで過ごしてきた。自分たちの目指した音を作るために費やした時間は計り知れないが、それを誰かにわかってほしいとメルヴィンは感じているわけではない。
 クリスチャン・セロが死んで二年になろうとしている。
 命日が近づくと決まったように組まれる雑誌の特集でZEPTOは引っ張りだこだった。今はメルヴィンも他のメンバーと同じように沈黙を守っているが、謎だと言われる彼の死が正式には自殺として発表されていることも含め、話題性を最も求める音楽業界が疑念渦巻くクリスの死を放っておくわけがない。

 外出を控えて一人スタジオにこもっていると、否応なしにため息が漏れる。
 火に油を注いできたのは誰でもないメルヴィン自身なのだから、ため息はついても文句は言えない。


「ああ、元気だよ。欲しいもの? 別にこれといってないな」

 マネージャーからの電話に答えながら、マイクスタンドへと手を伸ばす。電源を入れて指で弾くとボンボンと音が響いた。

「へぇ、ご丁寧なこった。犯行予告なんてしないで銃持って俺のところに来りゃいいんだ」

 マイクを握りしめ口を近づける。耳元では慌てたようなマネージャーの声が盛んに注意を呼びかけていたが、メルヴィンがコーラスの一部を歌い出すと息を殺したように静かになった。

 ZEPTOの楽曲のすべてを制作している彼が業界に認められているのは、配信と同時に瞬く間に売れる作曲の腕だけではない。彼はコーラスを自ら担当する。学生時代からの友人であるクリスに歌を教えたのはメルヴィンだった。
 その事実はファンなら誰でも知っていることだ。

「切るよ。ヒマつぶしに何曲か作っておくさ」

 大袈裟なため息がメルヴィンの鼓膜をくすぐる。マネージャーが何か言おうとしていたが、メルヴィンは構わず通話を切り電話をキーボードの上に置いた。
 思考を閉ざしたような無表情の顔で鍵盤に指を並べ、先ほど口ずさんだコーラス部分を弾いていく。滑らかなメロディと脳内を駆け巡るクリスの歌声に、彼は笑みを浮かべた。
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