My Turn

□雪のかおり
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 耳に流れ入る音が美しい。
 メロディが折り重なって、ボーカルのシャウトとピアノの音色がなぜかマッチして、それでいてギターの激しい音も邪魔せず、一定のドラムのリズムだけが変わらず心臓に響く。統一感なんてゼロに等しいのに一つの曲にまとまってしまう不思議さ。

 目をつぶって鼓膜を震わす音に聴き入る俺は、大学の外にあるテラスの一つに座って、手を握り、脳内に流れる音楽に集中していた。

 ふと目を開けると、一人の女の人がこっちを見ていた。驚いたように目を丸め、微笑みさえにじむその表情は探しものを見つけた時の喜びを表したような顔だった。
 口が動いていたが、俺の耳にはその声は入ってこない。何か必死に話しているようだったが、俺にはプレーヤーが奏でるリズムとメロディしか聞こえない。
 手の出ないような値段のものではないけど、奮発して買ったヘッドホンは外界の雑音を一切除外してくれる。その人の声が雑音かどうかは置いておいて。

 目の前まで近づいてきたその人は、テーブルに置いていた俺の手に手を重ね、優しく触れた。本当に優しくさわるものだから俺は少し気味が悪かった。
 しぶしぶヘッドホンを首に下ろし、怪訝な視線を向ける。

「ほら、綺麗」

 その人が嬉しそうに笑った。
 彼女は美しい人だった。ちょっときつめの顔つきだが、スーツ姿の似合う仕事のできそうなキャリアウーマンのよう。でも笑顔は温度が変わったような温かみのあるもので、親しみがあるとも言えるけど、そのはっきりとした二面性が俺の警戒心を強める。

「ハルミ、だよね?」

 その人が聞く。

「だって、ほら。指が綺麗」

 大学の友人や小さい頃からの知人は俺のことを宮嶋(みやじま)と苗字で呼ぶ。両親は下の名前で呼ぶが、ハルミと言うことは一度だってない。
 だから、俺はその人が言うハルミじゃない。

「いえ」

「え? 違うの? おかしいな」

 首を傾げて眉を寄せる彼女は、人違いを認めようとしなかった。
 何度も俺に尋ねる。五回目くらいの「違います」にその人は強気な質問で返した。

「じゃあ、名前。フルネームで教えて」

「ハルミ、じゃありません」

「絶対、ハルミ。間違えるわけないの。名前、君の名前を教えてほしいの」
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