My Turn
□Knock knock
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ペンを持つ手が止まった。
それは、落ち着いた様子で話し出した彼の言葉が、どこにでもいる同年代の若者のようだったからだった。
――高校の時、好きな人がいました。
先生だったんですけど。
優しい人で生徒にも人気があった。
だからって媚びを売るようなことはしない先生で、怒る時も褒める時もはっきりしてた。
重苦しい空気が沈む薄暗い部屋に反して笑みさえ浮かべるその顔は、思春期の幼さが見える若々しい笑顔だった。
そして、机の上にのせた手を組み合わせた彼は、目の前に座る男をじっと見つめて続けた。
――入学してすぐだったと思います。
先生が俺を呼んで、入りたい部活動はないのかって聞いてきました。
俺はないって答えたけど、本当はサッカーがやりたかった。
でもそれは言わずに「ありません」って答えた。
俺、高校に入学したらバイトをしようと思ってたんです。
彼には兄弟がいる。
彼のたった一人の家族である兄は彼より四つ年上で、家族を養うため卒業を目前に控えていたというのに高校をやめ働きに出ていた。贅沢は決して言えない生活だったろう。
――バイトの給料は安いだろうけど少しは生活費の足しになるかもしれないし、兄貴のことを考えれば、俺だけ高校生活を満喫することなんてできない。
寂しげに目を伏せて首を振る。
弟のために人生を捧げる兄。その兄の助けになりたいと部活動さえ躊躇う弟。
どこにでもいる、というのは間違いのようだ。
兄想いの弟。
同学年の若者たちが部活や遊びに夢中になっていても彼は生きていくために色々なことを諦めなければならなかった。
二人きりの兄弟。支え合って生きていこうと、親を亡くした時に誓ったのかもしれない。
そんな弟がなぜ目を覆いたくなるような恐ろしい衝動へと走ったのか、疑問が浮かぶ。
――先生はしばらく経ってから、もう一度俺を呼んで同じ質問をしてきた。
俺も同じ答えを返したんですけど、先生は俺のクラスの体育の授業を見たんだって言ってきた。
サッカーをしている俺が楽しそうだったって。
なんでか先生は俺を心配してくれてて、会うたびに声をかけてくれた。
思春期の恋心は甘酸っぱく、ほんのりと苦いものだ。相手が教師ならば叶わぬ想い。子供扱いをされて軽くあしらわれる。
この教師は彼を特別視したわけではないだろう。普通とは言えない家庭環境を知って、他の生徒より少々気にかけているに過ぎない。
だが、彼にとってはその一言が、その視線や笑顔が自分にだけ向けられていると感じて、小さかった炎は燃え上がり、想いはどんどんと膨らんでいく。