My Turn
□波打ちぎわの足跡「三部:追い波」
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その目を見た時、なんでノウさんが僕に会いに来なくなったのか、その理由がわかった。
その表情を見た時、ベンチでいくら待っていても、携帯に電話しても、僕の顔を見ることも、声を聞かせてくれようともしないのか。
その理由がわかった。
スイミングスクールの四角い建物前の通りに立つ銀杏の木が、強い夏風に吹かれて鳴いている。
僕の心の音みたいにざわざわと慌ただしく騒いでいて、葉っぱのささやきが嫌に耳についた。
こんなところにまで押しかけてきた僕をじっと見下ろして、ノウさんは何も言わずに口を結び、しわの寄った眉間に影を落とし、その頬は震えているように見える。
責めたいわけじゃないのに僕は怒っていて、釣り上がった眉とへの字の口が勝手にノウさんを咎めていた。
ベンチで一人、ノウさんを待つ日々。部屋で一人、ノウさんを待つ日々。
耳元で鳴る呼び出し音、抑揚のない留守番電話の応対。
どうして僕に会いに来てくれないの?
どうして電話に出てくれないの?
だけど、ノウさんのその目とその表情を見れば、理由は明らかで。
僕はできるだけ激しく、できるだけ酷く責め立てた。
僕自身を、僕の体を、この足を。
でも、いくら責めたとしても、僕の膝より下が生えてくるわけがない。両足で歩くことも、立ち上がることもできない。
できないんだ。
これが僕。
僕から離れてもいい。僕を捨ててもいい。でも、この足のせいになんてしてほしくない。
「僕を捨てるなら、この足のせいにしないで、僕の顔を見てはっきり言ってください」
僕の言葉を受けたノウさんの眉の間に刻まれたしわが、ぐっと深くなる。
「僕といるのが嫌だと、ちゃんと僕に言ってください」
捨てられたのは、足のない僕なんかじゃない。ただの僕なんだ。
「ごめん」
残酷なつぶやきがすっと頭の中に広がった。
哀れまれて、遠慮されて、かわいそうだと思われて、謝られる。
僕が外に出たくなかった理由。腫れ物を扱うように接する周囲の人、その視線。
それでも、儚いと感じる世界には苦しんでいる人がたくさんいて。
僕だけじゃなくて、僕と同じように、または違う形で辛いと泣いてる人がいて、彼らと一緒に歩きたいと思ったのは僕自身で。
人によって辛さの大きさも感じ方もその形も違うと教えてくれたノウさんと、一緒に一歩ずつ歩きたいと思ったのは僕だった。
一歩という言葉は正しくはないけれど。
だから、ノウさんから見たかわいそうで哀れな僕は、かわいそうなんかじゃない、哀れんだり謝ったりしなくていい、って叫ぶんだ。
「違うって言ったじゃないですか。僕とノウさんの感じている苦しみは、並べて比べるものじゃないって」
見上げた視線の先にノウさんはいなかった。肩を落とした背中が遠ざかっていく。