My Turn

□波打ちぎわの足跡「二部:押し波」
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 やっぱり人が多いところは苦手だったのかもしれない。
 プールサイドで小さくなっている彼を見て、俺は少し後悔した。練習に付き合わせたのは、いつもベンチで俺を待っている彼が外に出たがっていると思ったからだった。
 なくした足のせいで内向的になっていると勝手に連れ出したのは俺で、失ったタイムを取り戻せないことで悲観的になっていたのは俺で、一歩先にいるのは彼、なのに。

 余計なお世話だと、彼は言わない。
 弱音を吐く俺を、彼は笑わない。
 もう一度頑張りたいと告げた俺に、彼は笑顔を向ける。

 甘えてるのは俺だとわかっていた。
 初めて会った時から、車椅子の彼に慰めてもらっている。それはあまりに酷い感情で、あまりに醜い感情で、人に見せられるものでも聞かせられるものでもない。
 でも、それをわかって彼は言う。

「僕も、能見さんと一緒に頑張ろうと思う」

 歩くこともできないその足で、「頑張ろうと思う」と彼ははっきり口にした。


 透明な水の中、懸命に体を動かす。
 耳の奥では聞こえるはずのないストップウォッチの時を刻む音がカチカチと急くように鳴る。コースラインの狭間でもがくように進む俺は、誰よりものろく、誰よりも無様だ。

 ライバルたちが先に行く。俺が行きたかった場所へ、俺が出たかった舞台へ。輝かしい未来へ。
 大きな大会の選考に落ちたとしても、次がある。小さな大会は年に何度も行われる。その片手に収まる小さなトロフィー欲しさに今日もがむしゃらに水をかく。
 社会人としても、水泳選手としても中途半端な俺は、結果を出すしか生き残る道はない。

 今日も思った通り、タイムは縮まらない。
 どうやって泳いだらいいかもわからない。フォームが悪いのか、キックが悪いのか、呼吸のタイミングが悪いのか。

 彼が俺に向かって笑顔で手を振る。
 ぽつんと一人、並んだベンチの横に座っている彼。その膝から下の空間にいまだ見慣れない俺は、目をそらしてからぎこちなく腕を上げた。

 笑みを崩さない彼。足のない彼。
 笑顔が作れない俺。泳げない俺。
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