My Turn
□導師の悩み
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「本日お勤め頂くご導師様(どうしさま)、ご入堂されますので皆様、合掌にてお迎えください」
ぼそぼそ声の進行役の男がマイク越しに息を吐くものだから、式場には怪しげな吐息の音が充満していくようだった。
派手なスリッパを足に引っかけ、ご導師様は手に持った小さな鐘(りん)を鳴らしながらゆったりと歩いている。
合掌したまま目を薄く開ける故人の甥っ子の息子であるマナブは、ふくよか過ぎる腹を芥子色の装束で隠し、脂ぎったつるつるの頭を見て笑みをこぼした。
ついさっき、マナブは控室にあったあの派手なスリッパで手洗いに行ってしまったのだ。ついでに言うなら、少し湿っているかもしれない。
手を合わせる母の耳元でマナブはこそこそと自分の失態を打ち明ける。
ご導師様は葬儀での長過ぎるお経を唱え中である今その時、真ん丸坊主頭を悩ませていた。
それは、通夜の主役である故人が目の前に置かれたお棺の上で睨みを効かせているからではない。
ご導師様の銅鑼(どら)の音につられて訪れた半透明な者たちの恨めしい声が騒々しいからでもない。
吹き荒れる強風のせいで舞っている花粉が鼻やのどを痛めつけ、うまく般若心経を唱えることができないからでもない。
先程から背中に刺さる視線や親族たちのくすくす笑いが恥ずかしいのでも悩ましいのでもない。
もちろん、故人は胡座をついてご導師様をじっと睨んでいるが、怒るでも泣くでも何を言うわけでもなく、ただくしゃみを耐えながら経を唱えるご導師様の顔を凝視しているだけである。
それに、式場に何度か鳴り響く神妙な銅鑼の音は、霊体である彼らを呼びはするものの成仏させたり、怒りを抑えたりすることはできない。
彼らもただ暇潰し程度に顔を出しただけであって、やれ「美人がいない」とか、「お経が下手だ」とか、法事に訪れた男に憑いている片目の女がヤバイとか、進行役の斎場の従業員が身内に恨まれているだの、全く関係のないことばかりを言っているだけである。
それに加えて、坊主など普段見慣れない者たちがこの頭や装束に不思議がることがあろうとも、大きな鏡のある個室の控室で、体の隅々まで身支度を確認したご導師様の自信が削がれるようなことはないのだ。
足の指先が多少冷たく感じる以外は、気にかかることは何もない。