My Turn
□レコーダー・サイド
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『少し寒いな。暖房が効いてないみたいだ』
カチカチとスイッチを動かす音が聞こえたが、その後に舌打ちと、ボッと火が燃えるような音が続く。
昔懐かしい石油ストーブでもつけたようだ。
『ソファは合皮。こげ茶色は汚れを隠すにはもってこいだな』
背もたれを叩くパン、という乾いた音がレコーダーから響く。勢いよく腰を下ろすとギシ、と二人掛けソファが鳴いた。
わざとらしく音を出してため息を吐く俺は今回の取材に早くも嫌気を感じている。
怪談をネタにして本を執筆しているとはいえ、俺は幽霊を信じちゃいない。その存在を信じていたら、怪しい噂のある場所へ進んで行こうとは思わないだろう。
とりあえず、ネタを探しに足を運ぶ程度だ。
『ブブブー』
尖った唇を震わせて子供のように可笑しな音を立てているのは、レコーダーの向こうにいる俺だ。
タクシーの後部座席にちょこんと座るマリエも一緒になって口を尖らせて同じ音を奏でた。
「パパ、幽霊さんはいなかったの?」
俺の顔を覗き込むマリエに優しく微笑んだ。
レコーダーの中の父がやる気を失っているのが、わかったのだろう。
「幽霊は、どうかなぁ?」
「先生! 止めて下さいよ、そのレコーダー。気味悪いったらしょうがない」
バックミラー越しの運転手が眉を寄せている。行きと同じように真っ青な顔をしている。幽霊より白い顔を無視して、俺は首を振った。
「仕事なんだから、我慢してよ」
レコーダーから聞こえる俺の声は、部屋の中の説明を続けている。
『テーブルの上にはガラスの灰皿。これもまた綺麗だ。角部屋じゃないから、窓は一つ。ベージュのカーテンには血痕も怪しげな染みもない。窓からは外の景色がよく見える。目の前にある湖は何て名前だ? こんなに大きな湖があるのか! すごいな』
カーテンを引く音と同時に感嘆の声を上げる。
『なんだなんだ。今度は効きすぎだよ。暑いったらないな』
ストーブが思ったよりいい働きをしたのだろう。絨毯を歩く足音が聞こえる。