My Turn
□レコーダー・サイド
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怪談話の元となった噂や幽霊が出るという場所、ホテルの一室や墓場などを取材して何冊かの本を出版したからといって、俺を恨む奴なんていないだろう。
いないはず、なのだ。
「だから、言ったじゃありませんか!」
ハンドルを握り、前を向いたまま声を張り上げる運転手は、なぜか客である俺に怒っている。
「だからもなにも、あんたには関係ないよ」
くたびれたスーツのポケットに入っているボイスレコーダーを取り出す。今の世の中、録音機能のある携帯電話で用が済むのだが、俺は昔ながらのレコーダーが好きだ。
よく探偵や弁護士、ジャーナリストたちが机の上に置くだろう。カチと音と立てて録音ボタンを押す。プロフェッショナルな気分を楽しめるってものだ。
「いやいや、関係ありますよ。先生をあのホテルに送っていったのはワタシですから。ああ、なんてこった! やっぱり行かなきゃよかった。無理矢理車に押し込んで駅に戻ればよかったんだ」
運転手は虫の寄りそうなほど派手な色のタクシーを走らせながら、ぶつぶつと口にする。制服の活動帽から出ている白髪は少し長い。この歳でロングヘアとは、なかなかのセンスだ。
「あそこはダメだって言ったのに」
終わりの見えない小言は独り言とは思えない。俺に文句を言っているのだ。
「パパ、なんでこのおじさん怒ってるの?」
隣に座る娘のマリエが丸い目を寄こす。
「なんでだろうねぇ」
目に入れても痛くないほど可愛いマリエの頭を撫ぜた俺は、白髪頭の運転手を無視することにした。
取材後は忙しい。レコーダーで撮った自分の声やインタビュー相手の言葉を文章に書き起こす作業が待っている。
駅まで行ってくれ、と大きな独り言を吐き続ける運転手に告げてから、右手に持ったレコーダーの再生ボタンを押した。
『タクシーの運転手が青白い顔で焦ったように俺を止めるもんだから、少し構えたけど、問題の部屋の中は至って普通の洋室だ』
何か口に挟んで話しているのか、レコーダーから聞こえる俺の声はくぐもっている。
遅いランチを済ませてからチェックインしたから爪楊枝でも噛んでいるのかもしれない。地元で美味しいと評判のカツ丼屋に寄ったが、筋が残っていて歯に挟まったというわけか。安い肉だ。