My Turn
□パルミスト恋愛論
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確かに彼は、つやの光る髪をなびかせ、引き締まった体に流行りの衣服を身にまとい、しゅっとした輪郭にメリハリのある整った顔立ちで、みずみずしい唇から奏でる声は聞き惚れる心地良いテノールで、誰もが振り返るほど魅惑的で多くの女性を虜にする男、ではない。
確かに彼は、流行遅れの眼鏡をかけていて、センスの感じられない色のスーツをいつも身に付け、頬にはうっすらと肉がのり、広くなった額に汗を浮かべて話すその声は凡人以外の表現はなく、薄くなってきている髪の毛を撫でる指は無骨で、取り柄と言えば高い背丈だが、かといって筋肉質な魅力ある体系をしているわけでもなく中年の歳相応のふっくらと出た腹が目立っている。
誰に言われるまでもなく、なぜ彼なのかと己に問いただしたい。
だが、なぜも何もなく、理由も訳もなく、彼でなくてはいけないのだ。彼だからであって、彼でなければならないのだ。
だから私は、大学のテラスで友人の有香(ゆか)に定番となった質問を投げかけられても明確に答えを出してあげられない。 いつものように曖昧な返事をするしかない。
「わからないんだってば! 自分でもよくわからないの」
静かだが語尾の強い私の言葉に彼女はつまらなそうに眉を下げる。テーブルに頬杖をついたまま唇を尖らせ毎度の台詞を吐く。
「なにそれー?」
窓から見える外の景色は明るい日差しがありとあらゆる影を消し、高くなった陽の支配に甘んじた世界が照り輝きキラキラと光っている。まだ春先だというのに、太陽はせっかちだと暑さが苦手な私は目を細めた。
「いつもわからないって言うよね、ミッチー」
倫子(みちこ)だからミッチーね、と出会った当初に決められたその愛称があまり好きになれない私はため息混じりに窓から視線を移した。
「わからないものは、しょうがないでしょ」
有香の見慣れた不服そうな表情を前に氷の浮かぶグラスに触れる。
「でも好きになったんだから、どこがいいとか、ここが好きとか、普通あるでしょ?」
普通とは、一体何を基準に定められるものなのだろうか。私は真顔を顔に貼り付けて無言のまま有香を見る。
「それも…わからないってわけ、ね」
頷くしかない私は露出した有香の小さな肩がすくめられるのを黙って視界の端に捉えるだけだった。