My Turn
□天使の梯子(ノーマル)
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太陽の光線は雪山の間から真っ白いゲレンデに色とりどりの美しいラインを引き、なだらかな曲線を描くスキーヤーやボーダーたちが影と共に舞い、きらきらと光を反射させている。
正月の三が日を過ぎると一度客足は落ち着くようだ。私もその時期を狙ってこのスキー場に足を運ぶのだが、今回は出会った人間が不味かったようだ。
私は滑ることより空気の澄んだ空の青々しさとゲレンデの雪のコントラストが映える景色や冬独特の匂いやその雰囲気が好きで、はるばる首都圏から車を数時間走らせる。出会いを求めることや自分の勇士を見せびらかしたいといった目的の異なる輩とは根本的に原動の意味合いが違うのだ。
とはいうものの、私ももちろん滑らないわけではない。一人静かに背景を楽しみながら広々とした白い大地をゆっくりと流したいのだ。輝く光の一つ一つに焦点を合わせ、目に留めておきたい。脳裏に刻みつけておきたい。
真っ青な空を舞い落ちる雪が時より起こす幻想的な瞬間などを見つけ出し、止まってその手を差し出し、触れたいのだ。
「何が楽しいんですか?」
その男の言い草と言ったら、粗暴でガサツ過ぎると私は思う。
休憩場の外にあるベンチで私が雪に覆われた山々を眺めていると退屈そうな男の声が聞こえた。
「何か見えるんですか?」
「いや、別に」
上下のウェア共、目の覚めるようなカラフルな色で染まったそのガサツ男は、板を立てかけ、私と同じ方向を覗き込んでいたが、私のマイナス何十度はあるだろう冷たい言葉にその口を閉じた。
私が一々丁寧に説明したとしてこの男に理解できるとは到底思えなかった。
ガサツ男は態度で物語っていたのだ。
俺に惚れろと。
見ろ、この勇士をと。
ゲレンデ近くに冬の間だけ住むウィンタースポーツに人生の半分を捧げているアスリート気取りの素人は少なくない。
彼らの何が悪いということはないが、ただその見せびらかすような滑りを視界に入れるのはあまり気持ちのいいものではない。私自身、そのプロに近い存在だっただけにどうしても鼻についてしまう。
ファミリーで楽しんでいるような場所で女の子を横目にちょっとした技術をこれ見よがしに披露して見せている男の軍団など、一体何のために美しいゲレンデに来ているのか聞きたくなるというものだ。
この男もその口の人間だろうと私はベンチから尻を上げた。
先ほどからベンチに座る私の目の前の小さなキッカー(ジャンプ台)で、その微妙な技を披露して見せているのだから、私の推理に間違いはないだろう。
「何か見入っていましたよね? 何ですか」
口を結んだと思ったのは勘違いだったようだ。立ち上がり腰に手を当てて体を軽く揉みほぐしている私にガサツ男は聞いてきた。
「あの山ですか?」
視界いっぱいにそびえ立つ真っ白い山を指差し繰り返し聞いてくる。私が答える気がないということに気が付かないようだ。 男はゴーグルを外して「俺には何も見えないけど」と小さな声でつぶやいた。
目を凝らして山を見入る男はなぜなのか、諦めずに視界の中の白い景色を睨んでいる。私の目には映るが、このガサツ男には見えないのだ。そんなものだ。
それがこの男と私の違いなのだろう。
私はほぐれた体を動かして足腰の筋を伸ばし、この男の存在を無視して板を装着し、目の前のなだらかな下りを滑っていった。
「あ! ちょっと待って!」
慌てたような焦った声が背後で聞こえた。
新雪を探して板を滑らせる。手入れされた板はよくワックスがかかっていてスムーズにターンできる。道なき白い広野を自分だけの道を作り出す。どこに行こうと、どこへ向かおうと自由だ。太陽が反射して私の道はきらきらと光っていた。
輝かしい未来が見える。
脳裏に浮かぶ見知った誰かが私に言った。
お前なら世界に行ける。