My Turn

□小さきものよ「一章:一ノ瀬」
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 携帯電話が落ちた。

 今や世代も年齢も関係なく、財布と同等の価値を見い出せる小さな電話。 いや、ただ遠くの人と話すことができるだけの機器という単純明快な「携帯電話」という名称を使うことすら気が引けてしまう。我が物顔でいつも誰かの一番身近な場所に入れられ、個人のプライベートから、広がる多種多様な世界までそのすべてを手に収まる小さな機械が操る大きな力に、人は日常的に屈してるということだろう。
 この狭い車内で大きな存在価値のある携帯電話が足下に転がっているのを見逃す人はいない。
 むしろ自分の携帯電話なら、尚更だ。

 彼女は落ちた自分の携帯電話の行方を目で追っていた。
 小さな個体は揺れる電車に合わせて、右へ左へ主人の足を守る靴たちにぶつかりながら動いている。梅雨時の相棒の傘も手伝ってパチンコのように滑り、跳ねていった。
 手すりに右手をかけて、携帯電話の行方を関心のなさそうな目で追っていた彼女は、視界から黒い物体が消えると少し口元を緩めて、窓の外へ視線を変えた。
 一部始終を見ていた一ノ瀬は、制服のズボンの裾に隠れている黒い携帯電話を座っている膝の合間から覗いた。
 さっきまで車両の中をすべっていた彼女の携帯だった。
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