Sour1
□Burning Blood8
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目の前には、仁王立ちのまま微動だにしない奈良がいた。
虫が集る道路照明灯の下、その顔は影になってヒロからは見えない。
表情がわからないことが幸いしたのか、ヒロは怯むことなくスパナを持った右手をその顔へと振り下ろす。初めて出す声量にのどが耐えきれず、叫び声の後半は音を発していなかった。
「――わああぁぁっっ!!」
ゴツン、という大きな音と共にヒロの手の中から鉄の塊が消えた。
続いて、「ガン!」と鈍い音が足元で聞こえ、反撃が来ると身構えたヒロは思わず目をつぶり、後退りしようともがく足が言うことを聞かず、もつれて尻もちをついた。
あまりの恐ろしさに体を縮めて、両腕で頭を覆う。
だが、来ると身構えていた痛みはなく、よく知っている声が衝撃となってヒロの体を震わせた。
「てめー、何考えてやがんだ!」
鼓膜が割れるようなその音は、聞き慣れた先輩の声。
まぶたを閉じたままのヒロは、夜空より濃い暗闇で動けずに丸まっていた。
「てめー馬鹿か? こんなもんで殴られたら死ぬだろーが!」
自分に向かってキレているわけじゃないとわかってヒロが薄目を開けると、ヤナセの広い背中がそこにある。
「お前、そのまま殴られる気だったのかよ!」
「わりぃかよ」
「は? ふざけんじゃねー、馬鹿野郎が!」
間一髪、ヒロの振り下ろしたスパナを受け止めたのはヤナセの手。握ったスパナを道路に放ったのもヤナセ。
だが、殴りかかったヒロを怒らずに、殴られそうだった奈良に対してヤナセは怒鳴り散らす。
道端に座り込んでいたヒロは、二人の口喧嘩を見守ることしかできない。終わりそうもない喧嘩を止めることなど内気なヒロにできるわけもない。
原因を作ったのはヒロ。
二人の気が済めば、今度はヒロへの尋問が始まる。相手は先輩といえど警官。しょっ引かれて窃盗の罪を着せられるのが落ちだ。
ヤナセが気を引き付けているうちに逃げてしまえと、ヒロはおずおずと立ち上がった。
その時、ヤナセの声が頭の上から降ってきた。
「ヒロ。お前、ここで何してんだ?」
その声は、やたら優しく、今の今まで喧嘩腰に奈良を怒鳴っていたヤナセの声とは全く違う、聞いたことのない柔らかい声だった。
「ここ、ヨシキん家だろ。何しようとしてた?」
この場から逃走しようとしていた足がピタと止まる。
緊張していた体から力が抜け、半ば諦めたようにヒロはうなだれた。