Sour1
□Burning Blood4
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事故と言っても単独で転んだだけ。
左足首の打撲、右手小指の骨折以外はピンピンしているヤナセは、頭を打ったのだから念のため一日入院しなさい、という医師の言葉を無視して、オトンの愛車ゼットの後部に乗っていた。
空にぽかんと浮かぶ信号が赤に変わり、ブレーキ音と共に車体が揺れた。
「わりーな、オトン」
謝罪の前には本来色々な言葉がついているのだが、ヤナセはそれを口にしなかった。
ゼットに乗せて貰っていることも、迎えに来させてしまったことも、心配かけたことも、事故ったこと自体も全部、悪いと思っているのだ。
目の前にあるでかい背中を叩き、もう一度言う。
「悪かったよ、マジで」
返事はない。前方だけを見据えているその表情を後ろに座るヤナセには見ることができない。
だが、オトンが怒っていることはそのハンドル捌きでわかる。
青信号をスタートに一気にアクセルを開く。軽自動車より大きいエンジンがオトンのギアチェンジに小気味良く応えて加速する。
重心を後ろへ引っ張られ、振り落とされそうになったヤナセが声を張り上げた。
「おい! 悪かったって言ってんだろ! そんなスピード出すなよ!」
ヤナセの声に答える気配はない。
国道を突っ走る千ccの大型バイクは、追い風に吹かれても何のその。夜道を照らす電灯の強い光を繰り返し受けながらどこまでも続くアスファルトの道路をスピードを上げて進む。
「おいコラ! てめー事故るぞ、オトン!」
ヤナセの言葉に反応して、ゼットのギアが急激に落ちた。
悲しいのは自分だけじゃない。辛いのは仲間なら皆一緒だった。
ヨシキの死を嘆いているのはヤナセだけじゃない。その死に責任を感じているのもヤナセだけじゃない。
運転中、物思いに耽っていたせいで前方不注意で単独事故を起こすなんて、ヤナセの腕ならあり得ないことだった。
初めに連絡を受けたオトンは他の誰よりも怖かっただろう。
三車線の国道から一本奥の道へと曲がり、オトンはゆっくりとバイクを停車させた。
自動販売機に集まる羽虫が薄暗い電気へと頭から突進してぶーんぶーんと気味の悪い羽音を立てている。
痛みの残る左足を庇いながらゼットから降り、ヤナセは小さく息をついた。単車にまたがったまま動かないオトンの気落ちしたような顔が淡い光に照らされて、その瞳が濡れているのがわかる。
「もう誰も死んだりしねーよ。オレも気を付けるし、ヒロもカズも大丈夫だ」
肩に手を置き、子供に言い聞かせるように優しく告げる。
大きなため息をついてから、オトンはゆっくりと頷いた。
「奈良は?」
「あん?」
「話したんだろ?」
ヤナセの目を真っ直ぐ見て、口の重いオトンが聞く。
悲しいのは奈良も同じ。ヨシキの死に、ヤナセやオトンと同じように責任を感じているだろう。
仕事をほっぽり出して病院に飛んできた奈良。安堵の表情、震えた手、真剣な眼差し。
奈良も、仲間の死のショックから立ち直ってないのかもしれない。ヤナセの事故を知って、また仲間を失う恐怖におののいたかもしれない。
大丈夫だったか、とオトンは聞いているのだ。奈良を心配していた。
ヤナセは、「ああ」と生返事をして、居心地の悪そうに視線をそらせた。