Sour1
□あなたに愛を、僕に鎖を25
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集中しろと言われても浮かんでいたはずの住友の顔は光のない闇にその姿を消してしまった。佐野はしばらく何も映らない黒いスクリーンと無音の世界に一人佇んでいた。
実際は、佐野が座るソファの正面には半裸の珠理がいて、向き合った二人は互いに求めるものを与えられないまま、男は黙って目をつぶり、女は微動だにしない男を見上げているだけだった。
それは噛み合わない己の欲求だけが男と女の間にある空間にふわふわと漂い、与え与えられる関係が終わったことを示しているようだった。
【俺のことが嫌なら、別れた方がいい】
文字でしか知らない言葉が佐野の閉じたまぶたの先にある暗闇の中、音で聴こえた。声で聴こえた。
住友の弱々しい声が、悲しげな声が、「別れた方がいい」と言う。
突然、佐野を襲ったのは柔らかい舌だった。ざわめく快感が背筋を通り、脳天を突き抜ける。
温かいを通り越して、燃え盛る炎のように熱いものが佐野の体を覆っていた。
佐野をよく知っている口は程よい吸引と圧力を加え、いやらしく蠢く。のどの奥へと導かれたと思えば、勢いよく扱かれる。
性感を刺激する動きに佐野はいつも以上に酔いしれ、漏れた自分の声に脳内を侵される。ひじ掛けを握る手が湿り気を帯び、佐野は必死でソファにしがみついた。
「あぁ、もっと! もっとだ、スミ!」
繰り返し襲う快感に佐野は声を上げ、その名を呼んだ。
「スミ、いいぞ。あぁ、はぁ、もっと、もっとだ!」
その熟練された舌使いや厚い唇の動き、ペニスを握る長い指、玉袋へと流れるほどの唾液と興奮した呻き声。
その声が誰のものでも構わなかった。佐野の耳には涙を浮かべる住友の声にしか聞こえなかった。
その口が、舌が誰のものでも構わなかった。佐野にとっては別れを告げる住友のモノにしか感じなかった。
「俺のことが好きだって、言えよ!」
住友は佐野のペニスを咥え、嗚咽を漏らしながら、泣く。
凍えそうな寒気と脳を溶かす程の熱さが体中を縛る。まるで鎖によって絡め取られた四肢がその動きを封じられたかのように。
住友が佐野を想えば想う程、鎖はキツくなり、固く佐野の体を捕らえる。
縛れよ、俺を。
「言えよ、早く!」
「好き!」
喘ぎながら命じた佐野に応えたのは、現実の珠理だった。
「私だって、あなたが好きなの!」
その声を聞いて佐野は目を開けた。
広がる視界に入ったそれは頭に描いていた声でも顔でもなかったが、目の前には泣き腫らした顔を晒した女がいた。口紅の代わりに摩擦で赤くなった濡れた唇が佐野を呼ぶ。
「好きだった、ずっとあなたが。でも、ごめんなさい。台無しね」
珠理のするフェラチオが佐野を快楽の渦へと津波に流されるがごとく落とすのはいつものことだ。彼女のテクニックに男たちは抵抗などできない。
そのことを佐野はよく知っていた。
だが、今その口は住友の口であり、その声も住友の声だった。
猛々しく頭を掲げる自分のペニスを見下ろした佐野は、抗えない大きな波に飲まれ、その身を投げていた巨大な快感の津波を安易に遮断した珠理を睨みつけた。
邪魔をするな。
背を向けてきた佐野を住友の伸ばした手が追ってきている。捕まるのは時間の問題だ。その鎖につながれるのはあと少し。
邪魔などさせない。
佐野は苛立った様子で荒々しく口を開いた。
「乗れよ。気持ち良くなりたいなら、自分で動け」
そう言い捨て、佐野はまぶたを下ろした。