Sour1

□あなたに愛を、僕に鎖を24
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 愛情を知らないわけではない。その優しい温かみも染み渡る幸せも、視界を彩る輝きも見通す明るい未来も、佐野は知っている。
 愛が人を救うことがあることも理解している。
 ただ今、自分の住む世界には存在しないものだと思っていたのだ。

 それが急に、現実に目の前にあると言われても、安易に信じることはできず、まるで実感はない。
 しかもそれが経験のない幼いパートナーを始めとする、主従関係の相手との間にあると言われても、今まで作り上げてきた価値観や積み上げてきた経験を簡単に真っ新にできるはずもないのだ。

 そこに存在する確かな証拠を見て、自分を納得させる方法があるとすれば、それはパートナーに聞くことだった。
 経験の豊富な、佐野と付き合いの長いパートナーである。
 彼女に、「愛だ」と言われれば、否定はできない。
 常連の店の尊敬するスタッフに言われようとも、納得できないことはある。彼は佐野のパートナーではないからだ。
 パートナー同士の信頼関係は、主従関係を築く上でおのずと生まれるものだろう。彼女の言葉には力があった。佐野を理解し、佐野の欲求を知り、佐野と同じ土俵の上で共に歩んでいるのだから、その声は聞く価値があり、納得させる力があるのだ。


【ちゃんと帰れたよ。あのさ、俺、わがまま言ってた。好きなのは俺だけなんだよね。だから教官が俺のことが嫌なら、別れた方がいいと思う。 スミ】

【少し時間がほしい。ちゃんと考えるよ。この関係のことも、スミのことも。また連絡する】


 仕事に追われている珠理と会う約束を取り付けた佐野は、それまでの日々を仕事に打ち込み、落ち着かない気持ちを紛らわせるかのように技能指導員としての激務をこなしていた。珠理と同様、夏に差し掛かる時期は忙しいのだ。

 その間住友への連絡は一切せず、最後のメールから二週間が経っていた。

 住友は別れを選んでもいいという。あんなに佐野と離れたくないと縋りついていたにも関わらず、佐野を自由にするという。
 心境の変化はあの日、チョコの言葉によって表れたのだろう。住友が求めているものを佐野は求めていないのだとはっきりと知ったのだ。
 同じように佐野も、あの日チョコに言われた言葉によって確信を得ていた自分の考えを疑い始めた。
 愛など存在していないはずの関係に、愛情があったのだとすれば、佐野の頭に描く主従関係の軸は大きくぶれる。

 これから一体どうすればいいのか?

 今までの佐野なら悩むことはない。行為にのみ意味があったのだから、感情まで求める相手に求めるものを与えてもらえない関係を続ける理由はない。次のパートナーを探せばいい。
 だが、今の佐野はその道に進むことに躊躇していた。
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