Sour1
□あなたに愛を、僕に鎖を12
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「――トイレの中」
やっと答えた住友の声は震えていて、泣き出しそうだったせいか鼻声だった。
連絡していなかったのは、たった一週間と少しの間だったのだが、もっと長い間佐野の声を聞いていなかったように住友には感じた。
久しく聞くことができなかった声。
『試験はどうした?』
低くて優しい声音。無感情な冷たい言葉。
震える唇を噛み、片手で目元を抑えながら個室の壁に頭を預ける。
『スミ、試験は? 会場にいるのか? もう始まる時間だろ?』
「――教官」
電話越しに呼びかける住友の声はかすれていた。
何を言いたかったのか、何を言ってほしかったのか、混乱した頭ではうまく言葉にすることができなかった。
住友はただ聞きたかった。佐野の口から聞きたいのだ。
「俺が、もし――」
もしも、今日試験に落ちたら、二度と会ってはくれないのか?
もしも、今日不合格だったら、関係を解消されてしまうのか?
だが、聞くことも怖い。
本当にこれで最後になってしまうかもしれない。考えただけでも住友は今にも全身の力が抜け、トイレの床に伏せて泣き出しそうになっていた。
聞きたいことも聞けず、口を閉ざす住友に、佐野は電話の向こうで目を細めた。
『合格したら、どうしたい?』
佐野は試験前の緊張を和らげようと、励ますために聞いたのだが、住友には逆効果だった。
荒い呼吸の後、悲鳴のような声が会場のトイレに響いた。
「――落ちたら? もし、落ちたらどうしよう、俺! そしたら、教官と、もう会えないの?」
その悲痛な叫びを耳にした佐野は、住友がなぜこんなにも動揺し、パニック状態になって泣いているのか、その理由が理解できた。
『ちょっとスミ、落ち着け! そうだなぁ、じゃ、合格したらホテル。今日落ちたら、スミのバイト代で焼肉!』
それでいいだろう? 、と佐野は早口で告げる。
『今夜、二人で焼肉食べに行こう』
試験に落ちても、二人の関係は終わりじゃない。
トイレの個室で肩を震わせて携帯電話を握りしめている住友は、佐野の言葉に何度も何度も頷いた。