Sour1

□あなたに愛を、僕に鎖を9
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 SMクラブに訪れる客は、皆同じような葛藤や悩みを持っている。傷の舐め合いとも違う互いをさらけ出す行為は、同じ嗜好を持つ者同士でしか理解できないことがあるのだ。
 店で出会った客たちは、お互いの立場を相談し合い、情報交換をし、時にはプレイもする。

 一口にサディスト、マゾヒストと大きく括ってもそれぞれの嗜好は異なる。
 それは個々の趣味と興味がなせるプレイであり、それぞれの世界がある。ゆえに、パートナーは各々の嗜好が合致した相手を選ぶ。
 佐野と珠理は、SMクラブで出会った。
 互いが求めるものを互いが持っていたというだけで、それ以上でもそれ以下でもない。

 相性の合うスタッフとは、パートナー以上に固い信頼が生まれることもある。
 自分の嗜好に悩み、苦しみ、戸を叩いた者を優しく受け入れ、大きな胸で受け止める。
 彼らの間に生まれた絆は思いの外強いのだ。

 ここで佐野は「教官」という名で知られている。
 ハンドルネームといえるかは、佐野本人しか知らない。職業を教えるほどの付き合いをしているわけではないからだ。
 常連客である佐野を知るスタッフは多いが、チョコという愛称の男とだけは付き合いが長かった。
 チョコは佐野の職業を知っている数少ない人間の一人で、佐野は年下の彼を敬意を込めて「チョコさん」と呼ぶ。
 初めて店を訪問した際に佐野の話を聞いてくれたマゾヒストのスタッフだった。
 だが、彼らはプレイをしてはいない。
 男同志だからという理由以外に理由はないが、若い男を新しいパートナーにしたという佐野の状況を聞いたチョコは、いたずらっぽく笑った。

「じゃ、チョコともできるね」
 バーの奥にあるプレイルームへの茶色い扉を横目で見る。

「別に男に興味があるってことじゃない」

「教官とチョコ。結構いけると思うんだけどな」
 手足のすらっとした痩せた男は自分のことを愛称で呼ぶ。そういうところが少し女っぽいのだが、このスタッフを慕う客は佐野だけではない。女性客も彼と話すことで、新たな扉を開く者もいると聞く。
 大きくため息を吐き出して、佐野はガラステーブルにビールの入ったグラスを置いた。

「今更、男って。教官、どうしたの? 女に飽きたとか?」
 よく聞く理由ではある。女遊びをしすぎて男に興味を持つ人間もいる。
 だが、佐野は違う。

「女は好きだよ。別に飽きたとかじゃない。ガキなんだよ、子供。手のかかるヤンチャ坊主」

「かわいいじゃん。ほっとけないってことでしょ」
 口の端を上げてチョコは残り少ないカクテルを飲み干した。
 彼の飲みっぷりを見て、今夜は予約が入っているなと佐野は店の中を見渡した。
 多くはないが女性客もテーブルに座っている。一日だけのパートナーを探している者もいるだろうし、お気に入りのスタッフと約束している者もいるだろう。
 天井にある煌びやかなシャンデリアは暗い店内にある淡い光に反射して輝いていた。

「いいじゃん、新しい付き合いも大事でしょ。でも教官、珍しいね。パートナーの話、チョコにするの」
 なんか悩んでるの? と言ってチョコは立ち上がった。
 曖昧に首を左右に振って、佐野は自分のグラスを持つ。

「おかわりでしょ。持ってくるよ」
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