Sour1

□ 深愛(しんあい)W
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 心荒れる時間を過ごしていても、彼女の視界にあるドナウ川は静かに流れていた。
 何も変わらない毎日をただ流れに沿って透き通った川の水は下っていく。
 町の人が病気に苦しんでも、愛する彼が囚われの身になっても、バヤの人々が彼を見捨てても、美しいドナウ川はいつもと同じようにせせらぎ続けている。


 イヴは、牢の中にいるマリン・チェダに会いに行くことができなかった。
 無力な自分を呪い、弱い心を罵る。
 彼を救う手立てを見出せない彼女は、彼の顔を見ることなどできなかった。
 町の人に愛されていた頃のマリン・チェダを思い出す。
 ベッドの中で愛に満たされて微笑む彼を脳裏に描き、イヴは目頭の熱さに耐えきれず空を見上げた。

 世界は変わらない。
 この雲一つない真っ青な空は、彼がどんな運命を辿っても変わることはない。
 イヴが声の限り彼の無罪を叫んでも、町の人の心が変わらないように。教職者の冷たい目が変わらないように。


 刻々と時間だけが過ぎていく。
 マリン・チェダを事件の犯人と断定した教会は、彼の処分を決定していた。決定した処分をバヤの民に公にするべく、公開裁判たるものを行うと発表していた。
 無差別大量殺人の罪。血に飢える復讐者、バヤを憎むテロリストとさえ呼ばれ、彼がこの町に尽くした善意はすべて無に帰した。

 もう彼女が、彼を救うためにできることは限られていた。



「面会か? ちょっと待ってろ」
 事務所に座っていたハット帽を外した保安官が、目を細めてイヴを見た。

「いいえ、違うの。あなたに話があるの」
 揺れる瞳の奥の決意に気付いてか、保安官は首を振った。

「俺には、話すことはない」

「私にはあるの。お願い、聞いてくれるだけでいいから」
 彼女の震える言葉に保安官はため息を吐きながら、しぶしぶ椅子を差し出した。
 コーヒーを飲むか、という問いにイヴは少しだけ微笑んだ。
 バヤの人々の家を訪ね回っても、寒さに震えるイヴに温かいコーヒーを出してくれた家はなかった。保安官の優しさが彼女の心に染みる。
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