Cocktail

□警部:手塚4
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 真夏の太陽は容赦無く世界を照らし、光るアスファルトがうっとおしく視界に映る。
 体の中からにじみ出る汗は疲れからくる嫌な匂いを漂わせ、肌に貼りつくワイシャツが居心地の悪さを増幅させる。
 一刻も早く、熱された空気に蒸発して、私の中からなくなってしまえばいいと風のない空を見上げると嫌な色の雲が泳いでいた。
 目の前に建つ集合団地に視線を向け、私は大きく息をついた。

 ここに来て、私は一体何をしようというのか。
 ただ、クロと信じた女の居場所だというだけでそれ以上でもそれ以下でもない。
 いまだ未解決の殺人事件の現場というだけで、私にとって特別な場所ではないのだ。
 だが、今はここしかない。
 あの女が私の前から消えて、二夜明けた日脚の延びたある日。

 見覚えのある一人の男がそこにいた。



 普段聞かない部下の声に顔を上げると、真面目な性格を絵に描いたような太い眉を眉間に寄せた坂口が私の部屋の入り口にいた。
 大木と何やら話しているようだが、重要な事ではないのだろう。あのバカが、見ているだけで腹の立つにやけ顔を見せている。
 デスクの上に置かれたいくつもの新聞を横に移動させ、パソコンを開ける。画面に表示された空白にパスワードを打ち込むと、音も立てずにいくつものメールが映し出された。一つずつメールの内容を確認し、必要なワードだけを記憶する。ゴマをする面倒な返信はあとでいい。今は私の欲しい情報だけ頭に入れればいいのだ。

「は? マジで言ってんの?」
 大きすぎる大木の声に、ただでさえ効きの悪いクーラーのせいで苛立ちが募っているというのに余計に神経を逆撫でされる。

「マジですよ。だからここに来たんじゃないですか」

「バカだろ、お前。自分の立場わかってんの? 吐かせるために女と一緒にいるんだろ」
 何やってんだよ、と毒づく大木をデスクから睨むと私の視線を感じたのか、ドアの前に立つ二人の男がこちらを見た。
 無言の圧力に屈した大木が口を開く。が、私は右手を上げてバカの言葉を制止し、坂口に部屋に入るようにあごで示した。
 一言言いたげな大木に、「ドアを閉めろ」と命じると乱暴に扉が閉まる。

「朝からすみません」
 通勤途中にあるショップで買ってきたアイスコーヒーを手に神妙な顔つきをした坂口を見上げる。

「何がだ?」

「警部の時間を取らせてしまって」
 あの大木のバカよりは幾分マシな坂口は両手をへその前で握りしめ、私を真っ直ぐに見る。
 礼儀正しいこの万年平刑事は、使いようによってはうまく転がすことができるが、権力と実力の刑事社会で汚れていないせいで面倒なことを言い出すこともある。
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