Cocktail

□警部:手塚2
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「どこで?」
 いつもは視線を合わせようともしない彼女は素直に動きを止めた私の目を真っ直ぐ見つめ、答えを迫る。
 雪絵の薄い下唇が白い。噛んでいるのだ。

「犬吠埼(いぬぼうさき)だ。思い当たる場所か?」
 千葉県の最先端、本島の東、その端にある岬である。

 絡まっていた視線を逸らした雪絵は両手で自分の体を抱きしめた。私の問いには答える気はないようだ。
 事件後何度も事情聴取で聞いてきた質問だった。
 男の行きそうな場所はあるのか。
 二人の思い出の場所はあるのか。
 執拗に問い詰める質問に彼女は閉めた口を開こうとしなかった。

 開いた足とつながった体を引いて、私から離れようとする彼女の腕を乱暴に掴み一言口にする。

「まだだ」
 握った手に力を入れその体を引き戻し、ほんの少しの隙間を埋めるかのように体を密着させる。
 彼女の瞳は戸惑いの色を見せ、風になびく炎のように揺らめいていた。頬を両手で包み、鼻の先端の触れ合いを楽しみながら私は緩む表情を隠すことができなかった。
 自分を救った男がいまだ生きていて、自分に会いに来てくれると、迎えに来てくれると信じ続けている雪絵。事件発覚後一人逃亡した男は数年間、一切の連絡もなく、姿を一目見せることもない。
 その男が今やっとその姿を見せたのだ。
 動揺している。
 この女は男の姿を想像して動揺している。

「まだだ」
 瞳の中の焦点を合わせ、唇をも合わせる。
 乾ききった彼女の唇を覆い、粘る唾液が口の端から流れた。開かれた目は潤った薄いカーテンがひかれているようだった。瞬きをする度小さな波が打つ。
 腰をゆっくりと動かし始めた。快感を手放した彼女の中はざらついていて心地が悪かった。

「生きていたとはな」
 無理矢理擦る内側の皮膚と皮膚が共に悲鳴を上げているかのようだった。雪絵の表情が強張っている。私は構わず挿入を繰り返す。

「まだ待っているのか、雪絵」

「やめて」
 消え入りそうな声が聞こえる。

「生きていたのに、お前を迎えには来ないんだな」

「やめて」
 鼻から息を噴き出して歯を食いしばる。淡い痛みと混じる快感とが交互に私を襲った。前後する雪絵の乳房の先端が固く小さくなっていた。握りつぶすように手を添えると「無理。もうできない」と彼女はぐいと私の胸を押した。
 ただ無意味に男を信じ、ただ息をしているだけの無駄な年月を金を貯めるという目的のためだけに生きている雪絵。その目的のために知らぬ男に媚を売り、体を売る。

「金を払っているんだ。私がいいと言うまでは帰らせない」
 互いの結び目をより一層強く結びつけるため、雪絵の腰を強く引き寄せた。
 唇を噛む彼女の目尻から涙が伝った。
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