Cocktail
□警部:手塚2
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窓から見える高低差のある建物の流れは目では追いきれないが、物思いにふけっている時には都合のいい景色と言える。
視界の中の秒単位で過ぎ去る都会の四角い絵は、移り変わる速さと同じように毎日その姿をコロコロと変えているのだろう。
目の前であからさまに変わったあの女の表情を思い出して、私の口の端が曲がった。
膝に置いていた右手に知らずに力が入る。彼女の肩は握った私の右膝よりもっと小さく、折れそうなほど弱々しい。だが、振り払った彼女の手は凍ったように冷たく、その力は思いの外強かった。
「警部」
後部座席に深く体を預け、窓の外への視線を変えない私の耳に煩わしい声が聞こえた。
「湾岸線が事故渋滞のようです」
運転する大木の後頭部を睨みつける。聞く以前の話だ。混んでるのなら他の道を行けばいい。
「道がわからないのか」
私の言葉を受けてバックミラー越しに大木が車内後部を覗いたのが感じられた。眉間に寄るしわをのばし、溜め息をついた。
「一度高速を降ります」
大木は高速の出口へとハンドルを切った。体が揺れ座席に背中をつく。乱暴だとばかりにミラーに鋭い視線を向けると小さく「失礼しました」と奴の口が動いた。
左腕にされた時計を見やって、もう一度溜め息をつく。目的の場所に着くのは何時になるのか、頭で軽く計算し口を開いた。
「現場には夕方に着けばいい」
粗野な運転で事故でも起こされては困る。頷いた大木を確認して、また窓の外に視界を戻す。脳裏には昨夜の裸の雪絵が見えた。
彼女の両肩を握りしめて、私は体をくり返し打ち付けていた。リズミカルな振動にむずかゆさと心地よい寒気を尻に感じ、彼女の中で暴れ狂う私とは別の意思を持ったモノは密集した血管を流れる血液の音を鳴らして高揚していた。体が思うように動かない。アドレナリンが過度に分泌されたせいで通常の感覚を失っていた。体中が剥き出しの神経のようだった。脳が溶けていた。
口を半開きにして部屋に充満するねっとりとした空気を吸う。
「雪絵」
その名を呼び、女の声がいつものように痛みに歪み拒否する様を視界いっぱいにして、もっと乱れ苦しむ姿を求めて言った。
「目撃情報があった」
あいつはまだ生きている。
雪絵の両親を殺した男は、逃げ延びている。
彼女の体から突如として熱が引いた。敏感だった私の肌はその冷たさを即座に感じ取った。肩を持つ私の手を振り払い、体を固くし、すべての動きを停止させる。
先程までこの手の中で全身を震わせていたというのに、私の腰の動きに合わせて体ごとうねっていたというのに。
二人溶け合っていたというのに。
私は失望したのではない。
思い通りの反応だった。