Cocktail

□刑事:橘(たちばな)
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 よく見知った制服の彼らに軽い挨拶をして、現場に足を踏み入れた。
 そこには相棒の背中もあり、乱暴に物を投げ舌打ちを繰り返すいつもの彼の行動に眉を寄せて睨みを利かせる手塚警部の姿もあった。

「遅くなりました」
 一言手塚警部に断ると「おせぇよ、橘」という怒鳴り声が響く。
 口を開いたのは俺の相棒、塙(はなわ)。お前に言ったわけじゃないと顔を覗くと「なんだよ?」と口をすぼめた。
 現場に俺より早く到着しているとは、珍しいことだ。

「いや、もう来てたんだな」
 意外性を口にすると、ふんと鼻息が鳴る。反抗的な目が俺を見た。

「お前が来いって言ったんだろ」

「ああ、そうだな」
 素直なのか反発しているのか、塙の扱いは難しい。だが、塙はいつでも塙自身の考えで動いているように思う。
 誰に指示されたからとか、誰のためにとかいう理由はない。

 塙の携帯に電話した時、案の定街で遊び歩いていたのか塙は俺の声に嫌そうな台詞を吐いた。

「あ? 今から? なんで?」

「さっきバカラ賭博の店にガサ入れが入った」

「ふーん、どこ?」
 住所を口にすると塙は意味深な渇いた笑いを混ぜながら言った。

「オーナーは?」

「ああ、店長はゲンタイ(現行犯逮捕)した。店内にいた客も全員引っ張った」
 あっそ、という適当な相槌をされ携帯は一方的に切られた。
 現場に来る気はないのだろうと思っていたのだが、店に塙はいた。


 証拠品として店にあるすべての物を押収しなければならない。現場で差し押さえた物を段ボールに詰める仕事は下っ端の俺たちの仕事だ。
 バカラ店の店長は今ごろ署の取調室で自供するまで大木さんに罵られ続けるのだろう。大木さんは少し暴力的すぎる。乱暴に怒鳴り、手すら平気で出す。
 容疑者とはいえ人権を尊重するべきだ。

 店中の物品を箱入れにして車に乗せ、部屋の中はカード一枚ない殺風景な場所となった。
 さっきまでカードと札束が舞い、客が人生を動かせるだけの大きな夢を賭け合い、泣いたり笑ったりしていたバカラ店は姿を消した。
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