Cocktail

□刑事:塙(はなわ)
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「うるせぇんだよ、お前は」
 敵意をむき出しにした男が俺をうかがうように見上げる。

「ごちゃごちゃと、目障りなんだよ」
 ヒステリックにわめく俺の顔は歪んでいるだろう。醜く曲がった表情は狂った人間のように見えるだろう。
 乾いた音が何発か鳴り響いた。
 手に残る振動は、体の痛みをも和らげてくれるのかと俺は笑った。

「いいのかよ、あんた。こんなことして」
 その声はか弱く消え入りそうだったが、男の目はいやらしさを失っていなかった。
 衝撃で座り込んだ男の腹には丸く小さい穴が開いていて、ドクドクと体の一部を垂れ流していた。

「いいのかよ、こんなことして。あんた刑事だろ」
 救急車呼べよ、と男は口角を上げながら吐く。
 どうせ、殺しはできないとたかをくくっている。俺には殺せないと。
 男の憎悪の写る瞳に光る燃え上がる炎が俺には綺麗なもののように見える。

「早く呼べよ、塙!」
 悲痛に声を上げる男の手が赤く染まりつつあった。
 この街の片隅、人生を捨てきれない人間は決して来ない場所。月明かりさえ遠慮してくれれば、何も見えない暗闇になる敷地。

 この草っ葉と石ころの転がる空き地で、俺は握っている拳銃を男の額にあてがった。
 男の目の中の炎が右へ左へ揺らめいた。
 瞳に瞬く輝きは俺が指に力を入れた瞬間、その光を失った。

「ばぁか!」
 人に殴られて痛む口を大きく開け、人を殴って傷つけたこぶしを振り上げる。

 視界に広がる丸い月が俺だけを見ていた。
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