My Turn

□運命の人
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 誰かってのが誰だかわからないが、きっとそいつは意地悪なヤツだ。
 人が苦しむのを見て笑ってるようなクズ野郎に決まってる。そうじゃなきゃ、俺をこいつに出会わせて、心臓がつぶれるような日々を過ごさせて、こんな辛い目に合わせようとはしないはずだ。

 ジュンの顔を見ていられなくて目を反らす。握られた手を乱暴に振り払い、俺は腰を上げた。

「さあな。電気が走ったことも雷が落ちたこともねぇし」

「雷が落ちたら死んじゃうじゃん」

 振り払われた手をひらひらと揺らしてジュンが小さく笑う。
 立ち上がった俺の表情なんか見やしない。こいつはちっとも俺の気持ちを考えてない。ただわがままに俺を振り回すだけ。ただただ苦しいだけなのに、俺はどうしてこいつを失うのが怖いんだ。どうしてジュンじゃなきゃダメなんだ。どうして、お前なんて知らないと背を向けられないんだ。

 知らずうちに拳を作ってたんだろうと思う。爪が食い込んだ手のひらに鈍い痛みが走った。
 痛みが冷静さを呼び戻す。いつもの俺が目を覚ます。ジュンのわがままを笑って聞く従順な飼い犬。

 大きく息を吸い込んで、ぐるりと部屋を見渡した
 誰もいない家。ストーブの唸る音だけの静かな室内。おかえりもただいまもない孤独な場所。たった一つのベッド。
 こんなところにこいつを一人置き去りにできるわけがない。

 まだコントロールできない力。過去と未来を知ることで何ができるかもわからないまま、力に翻弄される日々。母親のように気が狂うかもしれない恐怖。
 こいつを今、一人きりにするわけにはいかない。


 ゆっくりと手を開き、正座のジュンの頭にそっと乗せる。さらさらの髪をくしゃっと撫ぜて指先で優しく突くと、やっと顔を上げた。
 俺を見上げるその目の中に不安げな色が混ざっているように思えたが、それもきっと気のせいだろう。

「腹減った。お前もなんか食う?」

「パスタ食べたい」

「たらこカルボナーラだろ?」

「アルデンテじゃなきゃ嫌」

 尖らせた口が面倒な注文をする。この前は柔らかかったとか文句を言いながらジュンも立ち上がった。まずは買い物。たらこがないと始まらない。二人並んで玄関へと歩き出す。


 俺がこいつを救える運命の人じゃないことを俺はずっと前から知ってた。
 知っていて知らないふりをするのはきつい。俺が運命の人なんだと馬鹿みたいに告白して、困ったように口を閉じるこいつを見るのだって辛い。
 でも今はまだ、隣にいるこいつから離れることはできない。きっといつか離れなきゃいけない時が来るかもしれないが、それは今じゃない。

 飼い犬は主の喜ぶ顔が見たくて、必死にしっぽを振るもんだ。待てと言われればいつまでも待つ。必ず帰ってくると言われれば、骨になってもそこを動きゃしない。
 いつかジュンを救える運命の人が現れて、触れたと同時に電気が走り、雷が落ちるような衝撃を感じたと言うのなら、その時はハチ公だって温かい家に帰ってもいいだろう。

 だから、今だけは唯一こいつのそばにいられる存在でいたい。
 不機嫌な顔をして見上げるよく知る目も、ピンクのソースが絡んだパスタを頬張る姿も、裸で抱き合い温め合う夜も、運命の人に出会うまででいい。

 俺だけのものでいてくれ。


「moíra」シリーズ『運命の人』END.
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