My Turn
□運命の人
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「お前がここにいてくれりゃ、俺は幸せだよ」
目と鼻の先、笑っていた顔に陰りが帯びた。
こんな表情をするだろうと俺は知っていたし、それを知っていて言ったのだから、今更後悔することはない。
ただ、お前を救えるのは俺なのか。俺はお前を幸せにできるのか、それについちゃ自信がない。
だって、俺は忠犬ハチ公。待つことしかできない飼い犬だ。
「無理かどうかなんて関係ねぇよ。俺が耐えられればそれでいいんだから。お前にやらなきゃいけないことがあるのはわかってるし、俺は何の助けにもなれねぇけど、お前が帰ってくるのをここで待つことはできる」
本当なら、待っているだけのハチ公なんかじゃなくて、運命の相手。こいつを救える運命の人。そんな見えない糸でつながっていたい。
もし今つながっていないなら、その糸がどこかに落ちているんなら、探し出して掴み取る努力をしてやるのに。
「だから、俺にはちゃんと話してくれよ。全部とは言わねぇから」
「全部、話してる」
口を尖らせて、ジュンは不機嫌そうに目を細めた。
「昨日お母さんがツカサの話をしたの。内容はよくわからないけど。だから今日もう一度会いに行ったの。同じことを言うのかもしれないし、確認に」
「それで?」
「今日は話せなかった。あんまり薬を飲ませないでって言ったのに、意識なんてほとんどない」
ジュンのおふくろさんが入院したのは三年前。俺たちが高校受験を控えた冬だった。
病気ってわけじゃない。体の具合いが悪いわけでも、怪我をしたわけでもない。ただ突拍子もないことを口走って大騒ぎすることが多くて、それが心の病からくるものだとカウンセラーが言うもんだから、病院に連れて行った。
「トラック事故に巻き込まれる」とか、「ブレーキが故障している快速電車は乗ってはダメ」だとか、「緑色の看板が落ちるから外出禁止」とか、医者は発狂状態のおふくろさんにさんざん好きに喋らせて、幻覚症状、誇大妄想とかの重い統合失調症だと診断し、病室に閉じ込めてしまった。
唯一、娘のジュンだけは予言のようなその言葉を信じていた。母の見る幻覚も妄想もすべて、現実に起きることだと信じていた。
俺にそれを必死で訴えるジュンを見て、俺も信じることにした。
「大丈夫だ。今日俺は一日部屋から出ないし、正月のバイトはない」
俺の言う「大丈夫」を、こいつは信用しない。
だから、細められた目は変わらず俺を睨み続ける。