My Turn
□運命の人
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「ジュンちゃん、久しぶりだねぇ。元気だった?」
母親の声で目が覚めた。壁掛け時計の針は夕方を指していた。
あいつに言われるまでもなく、バイトは休むしかなかった。けっこうの高熱を出したらしく、俺は自室のベッドで動くこともできずに芋虫のように丸くなっていた。
「お母さん、具合いどう? 冬休みの間くらい、うちにいればいいのに」
口うるさい母親は幼馴染みのジュンがお気に入りだ。小中高と息子の俺と同じ学校に通っていて、家も近所じゃ母親代わりになろうとするのも頷けるが、あいつはそんなこと望んでいない。
俺の母親にだけはいい顔をするあいつもあいつだ。
「やることがあるから大丈夫。ありがとう、おばさん」
階段下の声はよくとおる。「あら、勉強? えらいわねぇ」とか、母親が羨ましそうに言うのが丸聞こえだ。
トントンと足音が近づいてくる。
俺は布団を頭までかぶって目をつぶった。真っ暗い世界には痛みも寒さもない。
「起きてるのわかってるよ」
扉を開けて開口一番、たぬき寝入りを指摘される。
それでも俺は顔を出さない。真っ暗い世界から出ようとしない。耐え続けることに疲れたのかもしれない。
頭痛持ちにとって痛みは日常のことだ。でも、解き放たれたいといつだって望んでる。
「頭痛薬買ってきた」
傍らに座るジュンの動きがなんとなくわかった。
声が近くなる。いつもと同じ声。優しくもなく、怒っているでもなく、俺の知ってる少し低いこいつの声。
「薬、飲みなよ」
「効かねぇよ」
思わず声を出した俺は目を開く。顔の上にある布団のおかげで、まだ世界は薄暗いまま。
痛みもない。寒さも感じない。耐えることもない、そんな世界にうずくまっていても何も意味はない。
そんなことくらいわかってる。
「ねえ、無理して付き合うことないよ」
こいつには俺の心の中が筒抜けだ。俺にジュンのことがわかるように、ジュンも俺のことがわかる。
「無理してない」
「ツカサには幸せになってほしい」
「は?」
布団を押しのけて勢いよく起き上がる。目の前の顔が少しびっくりしたように目を丸めた。
眉をしかめてジュンを見る。穴が開くほど見る。可笑しいことを言ったと思っていないこいつは、なんでか笑っていた。
「どういう意味だよ」
「そのまんま。幸せになってほしいって思ってるの」
まだ誰も幸せになってないのに、幸せの絶頂にいるように微笑むその顔は綺麗だった。
美しい女だと言われてもちっとも着飾らないこいつは、俺以外の男になびかない。俺以外の男を知らないし、俺以外の人間に心を許したりもしない。
幼い頃から知るその笑顔に、俺は身も心も捧げてる。きっとジュンも俺にすべてをゆだねてる。
俺を救えるのはこいつだけ。俺を幸せにできるのもこいつだけ。