My Turn
□運命の人
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一日片身の狭い思いをしながらの仕事は肩が凝る。ただでさえ、寒さで肩を縮ませてしまうせいで頭痛が酷くなっているというのに、痛み止めをいくつ飲んでも効きやしない。
頭が割れるように痛い。耳に響くこいつの声も痛みを増幅させているんだろうが、俺には電話を切るという選択肢がない。
『とにかく、明日はバイト休んで』
「おい、無理なこと言うな。今日遅刻して怒られたのに、明日休み下さいとか言えねぇよ」
『いいから休んで』
俺の話はちっとも聞いてくれない。
頭に刺さるキンキン声が無理難題を出す。俺はひたすらそれに答える。
『何でもいいから理由つけて休んで』
こいつの難題に答えることが俺の使命なら、喜んで答える。
それが運命の糸で結ばれる関係だというなら、俺は死ぬ気で応える。
「ああ、わかったよ。どこか行きたいのか?」
嫌々ながら了承した俺の鼓膜にジュンの低い声が広がる。
「別に。家にいて」
電話越しのジュンの姿が俺の脳裏に映った。鮮明に。その視線の先まではっきりと。
俺の脳が作った想像の彼女だとわかってはいる。だが、あまりにリアルなジュンは、寒空の下携帯電話を手に立ち尽くしてる。
下唇を噛んで一点をじっと見ている。その目はかすかに潤んでいて、何かを凝視している。瞬きをしない瞳の表面が音もなく震える。
『ツカサ?』
呼ばれてから気づく。やっぱり想像だった。
固まったまま動かないジュンは話したりしない。見つめた先に何が見えているかもわからない。ただ、俺は待つだけ。忠犬ハチ公のように、ジュンが帰ってくるのを待っているだけ。
「――ああ、聞いてるよ。わかった、家にいる」
『明日また病院に行くから』
「何かあったのか? 俺も一緒に」
『一人でいいって言ってるでしょ』
苛立ったように吐かれた言葉に萎縮した唇がひとりでに閉じた。
飼い主の言うことは聞かないといけないんだろう。
俺が、運命の相手じゃなくて、飼い犬のような存在だったら、待つことでしかこいつを支えられない。
そんなのは嫌だと我儘を言っていいのかもわからない。
ジュンが我儘なのは昔からだ。そんなことはわかってるし、その我儘を聞いてやるのはいつだって俺だ。
反対にもし俺が我儘を言ったら、こいつは一体どうするのか。
耳元で鐘が鳴るような痛みが俺の頭を蝕む。釘を打ち付けるトンカチが頭蓋骨を叩く。
ひび割れた骨から脳みそが漏れて痛みが和らいでくれたらいいのにと考える暇もなく、足先にまで突き抜けるような寒気が全身を襲った。
「なあ、ジュン」
運命ってやつがあるなら、俺はお前の運命の人か?
心の底の方で言葉になってはいるが、決して声にはならない。
「――風邪引いたみたいだから、帰るわ」
聞きたいことを飲み込んで、携帯を上着のポケットにしまう。
冬の冷たい風が責めるように体を押す。飼い犬のリードを持った人が寒そうに腕を組んだまま俺に怪訝な視線を投げて寄越した。温かそうな毛並みの犬も一緒に俺を見上げる。
笑ってみせたはずの俺は、痛みと寒さに耐え損ねてきっと酷い顔をしていただろう。