Cocktail
□NO LIMIT.(3)
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「今日はどこにも行かないんじゃなかったのかい?」
別荘の前、紺色の四駆のバンに寄りかかって彼が立っていた。
寒空の下、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで、車から降りた僕を細めた目で見る。
「買い物に行ってたんだ。マルコの運転で」
「マルコ?」
怪訝な顔をした彼が動きを止めた。
「息子じゃないよ。同じ名前なだけさ。マルコはハイヤーのドライバーだよ」
走り去る車の運転席に手を上げて礼をすると、明らかに驚いたような表情をしたマルコがハンドルを握ったまま口を開けていた。
でも、車は止まることなく進み、林道を走るテールライトが小さくなっていった。
「彼はいい奴かい?」
「マルコ? うん、いい人だよ。どうして?」
僕が聞き返すと、彼は首を振って部屋の扉へと歩いて行く。
「週末は遠征だから、向こうで一泊してくるよ」
「帰って来れないの?」
「無理だな、クラブの決まりだから。一緒に来るかい? ホテルで待ってる?」
彼の口にした問いかけに、急に僕は火がついたように顔を赤くして首を横に振った。
何かが違う。まるで、付き合っているカップルのようだ。遠征にまでついて行くなんて、それは何か間違ってる。
彼と僕の関係とは、また違う。何が違うのかはよくわからないけれど。
週末。彼は話していた通り、大きなスーツケースを持って出かけて行った。
彼の帰らない別荘の部屋は、別のもののようで居心地が悪かった。彼が来る前までは、僕は一人でこの部屋で寝起きしていたというのに、今では彼がここの主(あるじ)のよう。
彼がいないだけで、ここはまるで僕の知らない場所に感じた。
リモコンのボタンを押し、テレビをつける。僕は音ほしさや暇つぶしに意味もなくテレビをつけることはない。
でも、今夜の僕のお供はテレビと、彼に止められているアルコールしかなかった。彼はこの家にいないのだから、僕はどうにかこの寂しさを何かで補わなきゃいけない。どうにか気を紛らわせなくちゃいけない。
ワインを注いだグラスを持ってチャンネルを当てもなく彷徨っていると、ふとフットボール場の青い芝が画面に映し出された。
それは彼のクラブではなかったけれど、今夜、彼は試合だった。遠征だと言っていたのだから、アウェイで戦うはずなのだ。
時間とチャンネルを確認して、僕はテレビ画面の前に座る。
彼が映るのを、彼のチームの選手たちが颯爽と駆けてくるのを僕は待つ。
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