Sour1

□Burning Blood4
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 心配しているわけじゃない。ただ様子を見に来ただけだ。
 ヤナセは自分自身に意味のない言い訳をしていた。

 奈良の勤める警察署の前、何の植木かも知らない花壇の横に原付バイクを置いて、ヤナセは気怠そうに座っていた。
 ヤナセの愛車ブイマックスは修理中。派手に転んだわりに軽傷で済んだのは、単車が衝撃を受けてくれたからだろう。ブレーキレバーが折れた可哀想なバイクの代車として乗っている五十ccの原付はやっぱり物足りないが、この足ではギア付きの単車には乗れないのだから仕方がない。

 ここで奈良を待っていても会えるかどうかはわからない。包帯の巻かれた足首に触れて、引かない痛みと意味のわからないジレンマに一人唇を噛む。
 約束もしていない奈良が署内にいるのか、出張らっているのか、それさえわからないのだからここにいる意味もヤナセ自身、よくわからないのだ。小指の鈍痛もこの名前もわからない苛立ちを増幅させる理由の一つ。
 ただオトンに言われたこともあって、顔を拝みに来ただけだと自分に言い聞かせる。会えないならそれでもいいし、偶然にもその姿が見れればそれでいい。
 だが、いざ顔を見たら嫌味の一つでも口にしてしまうだろう。言うだけで済めばいいがヤナセの滾る血がそれだけで終わるとは思えない。

 一台の車が駐車場に停まり、私服姿の警官が数人現れた。雰囲気を見れば、警察官なのか一般人なのかはそれとなくわかる。
 後部ドアから若い男が顔を出した。おどおどしたような落ち着かない様子で警官について署へと歩く。その姿も自信なさげでいて、明らかに挙動不審だった。
 署の建物の入口から知った顔が出てきて、青年に声をかけた。

「ご苦労様です。部屋を用意しましたから、こちらへどうぞ」

 丁寧な言葉の中に垣間見れる高圧的な口調は、ヤナセに違和感を感じさせた。
 思わず花壇に座っていた腰を上げ、森を呼ぶ。

「森サン! ソイツ、なんかやらかしたのかよ?」

「ヤ、ヤナセ!」

 目を大きく広げ、驚きに声を上げた森は慌てたようにヤナセへと腕を伸ばした。なんでもない、というように大袈裟に手を振り、体で青年を隠すように間に入ると引きつった笑顔を作る。

「どうしたんだ、ヤナセ? こんなところで」

「あん? 別になんでもねーよ。ってかソイツ、もしかして――」
 見慣れない森の焦り様に、違和感の正体を見抜く。

「轢き逃げ犯か?」
 怒鳴るでも、わめくでもなく、ヤナセは静かに尋ねた。

 誰に聞いているわけでもない。ただ、自ら噛みしめるためだけに、この不安げな顔をした若い男がヨシキを殺した犯人だと理解するためだけに、ヤナセはつぶやいた。

「てめーが殺したのか?」

「ちょっと待て、ヤナセ! 話を聞け!」

 正面には森がいて、忙しく口を動かしている。
 だが、ヤナセの耳には何も聞こえなかった。自分が今どんな顔をしているのかもわからない。
 怒りだけが、体中を熱く燃やす激しい怒りだけが足の先から頭のてっぺんまでを覆い、肌に描かれた炎の如く、ヤナセを焼いていた。
 小指の鈍い痛みも左足の重みも忘れ、頭の中は真っ白だった。ヤナセは警官に囲まれた怯える男だけを凝視していた。
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