My Turn
□波打ちぎわの足跡「二部:押し波」
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「ごめんな。居心地悪かった?」
背面シートの後ろに付いた茶色いグリップを握りしめて俺が聞くと、彼は首を振った。
「楽しかったですよ。近くで見ると迫力ありますね」
彼の手がプールの波を表してゆらゆらと動く。蒸し暑さで吹き出た首元の汗を拭く白い右腕が視界に入った。
ふいにくるりと首を回して彼が俺を見上げた。
「まあ、みんな僕のことが気になったみたいですけど。邪魔じゃなかったですか?」
思わず足を止めて、俺は無神経な自分自身を罵った。
スクールに通う生徒たちは皆分別のある人間のはずだ。彼のことをじろじろと好奇な目で見るやつなんていないと思っていたが、そんなことはない。
競泳をする場に、彼がいて浮かないわけがない。
「ごめん」
「なんで謝るの? 僕は平気ですよ、慣れてますから」
眉を吊り上げた彼の笑い声が歪んで聞こえる。
ゆっくりと車椅子を押しながら、「悪かった」とつぶやくと彼は少し声を荒立てた。
「本当に慣れてます! うーんと、慣れなきゃって思ってる。それよりいいかげん僕のこと名前で呼んでくださいよ、能見(のうみ)さん」
話を切り替える上手さは俺より彼の方が長けている。俺はいつも、そんな彼に甘えてる。
「君こそ、その呼び方何とかしてくれ」
出会った時から変わらない関係。まだ幼いはずの彼の方が三十目前の俺よりもずっと大人だ。
俺よりも、辛く悲しい人生を歩んできた彼。
俺よりも、辛く悲しい人生を歩む彼。
「じゃあ、ノウさん」
「神奈川(かながわ)くん」
「カナ、でいいです」
ふくれっ面で口を尖らせた彼の顔を見て、俺の強張った表情も知らずうちに解かれる。
「その呼び方、女の子みたいじゃないか」
「そんなこと言われたことありませんよ。ノウさん、僕がなんで車椅子になったか知ってます?」
急に問われた質問は、簡単に触れてはいけないことで、そんな軽い気持ちで興味本位に尋ねることでもなく、俺ももちろん彼と付き合う人間なら誰しも避けている言葉だった。
無遠慮に聞いていいことではない。そう俺は思っていた。
でも、彼はさも当然のように口にする。
「もう少し、僕のことにも興味持ってください」