My Turn
□グッバイトーキョー
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電気の灯る自分の部屋の窓を見上げた時間は、もうほどなく日付が変わろうとする頃。
僕はまだ何も起こっていないというのに、大きなため息をついた。足が重く、アパートの階段を上る一段すら、きつい作業に思えた。
ドアを開けるとテレビの音が聞こえた。
狭い玄関にはクロックスのサンダルが並んでいる。彼の紺と赤のサンダルは履き疲れたように少し汚れていた。
「ただいま」
部屋の引き戸をスライドさせて顔を出すと、彼がテレビ画面から僕へと視線を変える。
テーブルの上にはコンビニで買ってきただろう弁当の容器と、缶ビールが置かれていて、半分ほど残ったカツ丼は冷めて固くなっているようだった。
「お疲れ」
彼の労いの言葉に心を痛めながら、畳み掛けるように僕は言い訳を口にする。
「うん。やらなきゃいけない書類があってさ。遅くなってごめんね」
「飯は?」
うん、と頷き、僕は千枝に背を向けた。夕飯を食べたか、食べてないか聞かれたというのに僕は答えられない。
「どうした? 忙しくて飯も食えなかったのか?」
部屋着に着替える僕の背中に千枝の声が刺さる。
食が細い方ではない千枝が好物のカツ丼を半分も残しているということが、何を意味しているのか。僕にはよくわかる。
冷蔵庫からビールを取り出し、Tシャツにスエット姿になった僕は千枝の隣に座る。
いつもなら、蓋を開ければ缶を差し出して乾杯をするというのに、やはり今夜は缶の触れる心地良い音は聞けなかった。
「何かあったの?」
一口飲んでから僕は聞く。
すると、怪訝な顔をした千枝が僕を睨んだ。
「いや、フジの方こそ何かあったろ?」
聞き返された僕は、「別に、何も」とぶっきら棒に言ってテレビへと顔を向けた。千枝が片眉を上げて、唇を小さく噛んだのが視界の隅に見えた。
学生時代から変わらない、何か言いたいことがある時に彼がする仕草。上の前歯で薄い下唇を噛む。白い歯がほんの少し見えて、赤い唇がちょっとだけ青くなる。
目の前の四角い画面に映っている番組が一体何なのか、僕の目には何も映っていなかった。
彼も無意味についているテレビの方へ顔を向けていた。すぐそばにいる僕に表情を見られないようにしているのか、すぐ隣に座る僕の顔を見ないようにしているのか、画面から視線を変えない。