Cocktail
□警部:手塚4
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「何か報告でもあるのか?」
「いえ、報告ではありません」
「じゃ、何だ?」
コーヒーのカップをデスクに置き、椅子の背に体を預ける。
捜査のために、泳がせている重要参考人の夫となった男が報告でないことを上司である私に直接言いにくるとしたら、何か。
「辞表を書いてきました」
達筆とは言えない文字で書かれた封筒を胸ポケットから出し、私の前にゆっくりと置く。
「どういうことだ?」
「刑事を辞めようと思います」
淡々と辞職願いを口にする坂口は、全くといっていいほど表情を変えなかった。
今更、心を痛めたというのか。
女を騙していると、良心の呵責に耐えられなくなったか。
大木の言うようにこの男もバカだったかと、冷たい視線を坂口に投げる。
「理由は?」
「彼女は兄の行方を知りません」
「だから、何だ」
「もういいでしょう。彼女を、もう苦しめないでください」
真剣な眼差しで訴えかける坂口に、私は思わず首を傾げて見せた。
事件から十年近く経つ今、あの女の使い道はあまりないかもしれない。だが、犯人である女の兄が捕まっていない以上、あの場所は重要な意味を持っている。
刑事が女から一時も離れないのは、犯人の居場所を吐かせるためでもあるが、犯人が足を運ぶ可能性もあるのだ。愛する双子の妹に会いに来るかもしれないのだ。
「苦しんでいるのか?」
「苦しんでいます。警部も知ってるじゃないですか」
目を細めた私を睨む坂口に悟られないよう無意味に頬を撫ぜ、緩む口元を我慢するのは骨が折れた。