Sour1
□あなたに愛を、僕に鎖を22
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なみなみとグラスの縁までビールの入ったグラスと、一枚の名刺が佐野の前に差し出された。隣に座るチョコが顔をしかめている。
「これB卓の子からだって。教官、相変わらずモテるよね」
店に訪れる客のほとんどがプレイを目的としている。同じ嗜好を持った者同士与え与えられる関係を求めて、ここにいるのだ。
目に適った人がいれば、奥の扉へと誘い合う。
立ち上がって店の壁際にあるB卓を覗くと女が一人座っていた。短く切り揃えてある髪からピアスのついた耳たぶが見えた。顔は見えないが、佐野を誘うのだからマゾヒストだろう。
サディスト的な欲望が顔を見せる。
佐野は興味深げに自分を眺めるチョコと視線を交わし、グラスを持って言った。
「同席で頼む」
気に入った人を見つけたらあらかじめ作成してある名刺をスタッフ経由で渡せばよい。ここのシステムは簡単だった。
したいプレイができる。心の奥に仕舞い込んでいた欲を放つことができる。自分と相手の求めるものが合致すれば、ひとときの楽しみを得られる。
「こんばんは」
B卓のテーブル横で口にした佐野の挨拶に、女が顔を上げた。
前髪を線が引かれたように真っ直ぐに揃え、薄い眉と二重の大きな目が印象的な女だった。見た目では年は若い。二十歳過ぎぐらい、住友より少し年上かなと佐野は口を尖らせた顔を脳裏に浮かべた。
「こんばんは。すみません、突然お誘いしてしまって。お一人だったみたいだから」
丁寧な言葉遣いとは裏腹に女は不敵に笑った。挑戦的な笑みに佐野には見えた。
マゾヒストは強気で自信のある人が多い。普段、人の上に立っていたり、高圧的な態度を取っている人の方が普段の自分の真反対であるマゾヒズムに目覚め、虐げられることを望むのかもしれない。
「ああ、一人だったからちょうど良かったですよ。ここいいですか?」
女の座っているソファの横を指差すと、女はどうぞ、というように手の平を差し出した。
「あなたも一人で?」
「ええ、パートナー探しで放浪してるんです」
ユニークな言い方に佐野は微笑んだ。
確かに、パートナーを探すのは一苦労である。相性の合う合わないがあるのだから、失敗を繰り返すことも少なくない。
「俺も、候補の一人かな?」
「どうでしょうか。今夜、わかると思いますけど。私、割り切った付き合いを求めています」
顔を合わせて即自分の条件を提示するとは、余程女は切羽詰っているようだった。焦りを感じているからだろう値踏みするように佐野を見ている。
「この店に来る人は皆、そうじゃないかな」
「いえ、なかにはそれ以上を求める人もいます」
"それ以上"
感情を含めた付き合いを求めるということか。住友みたいに。
鼓膜の奥に残る金切り声が訴えていた。
『教官が俺じゃない誰かとするなんて、絶対嫌だ!』