My Turn
□天使の梯子(BL)
26ページ/31ページ
ブーツをバインディングにはめ、アプローチに入るために体をほぐす。
私の視線の奥に渡部がいた。キッカーの先、ワイドボックスの横に立ち口元に手を当てて私の名を呼んでいる。
「織田! リラックス、リラックス!」
大きく息を吐き、肩を上下に動かす私に隣で様子を見ていた河内が「楽に行きましょう」と声をかけた。
何度となく頷き、私は大地を蹴った。
程よいスピードに保ち、緩やかにキッカーの左側からアプローチを試みる。
グローブの中の手が汗で濡れていた。風がいつもより冷たく感じる。息が荒くなり、酸素が思うように吸えず苦しい。視界が狭まり、体が勝手に硬直する。
キッカー手前、本来なら恐れを捨て一気に加速に入るのだが、私は意に反してスピードを抑え、恐怖におののいて急ブレーキを踏むように雪を削った。
飛べるわけがない。
今の私に、それができるわけがない。
身の程を知らず、渡部にのせられてノコノコとこんな所を滑っている。
懐かしいと勘違いし、以前の自分との違いに蓋をして、私は一体何をしている?
ジャンプするならばキッカーの先端で全身を使って板を持ち上げ、反動で浮かせるのだが、私は真逆のことをした。
手と尻をついて、全身で板を止めたのだ。
無理だ。無理に決まっている。
できるわけがない。できるわけがないんだ。今の私は、貴公子と呼ばれた私ではないのだから。
雪に覆われた大地に醜い格好で座り込み、肩で大きく息を吸った。上を見上げると曇り空の隙間から光が射していた。
「織田さん」
河内の声が聞こえたが、私には振り向くことができなかった。笑顔でごまかす気力もなかった。
これが今の私だ。その目で見ただろう、私の醜態を。言っただろう、過去の私とは違うと。
お前の恋した男はもういない。
「戻って休む」
渡部の視線を避けてリストハウスへ戻る。口を閉じたまま私の肩を軽く叩いた渡部は、きっとあの時と同じ表情をしているだろう。
ベッドの横でした不器用な笑顔。憐れむような優しい顔。
見たくはない。
ブーツを脱ぎ捨て、ベンチに深々と腰を下ろし、私は目をつぶっていた。
頭痛がぶり返し、眼球の奥がうずく。今の弱々しい自分をまざまざと見せ付けられて私は自分の存在を否定する。
心が痛いというよりは、心臓を取り出したい気分だった。
「織田さん」
まぶたを開けると河内がいた。
ニット帽とゴーグルを外し、金髪の前髪がうっとおしげに顔にかかり、艶の豊かな肌をさらけ出し、細いはずの目を丸くしている。
頬の赤みが手伝い河内は年若い少女のような顔をして立ち、そして言った。
「織田さん、俺聞かないって言いましたけど、やっぱり聞きたい」