My Turn
□天使の梯子(BL)
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車のドアにキーを差して開ける。ただこれだけでも時間がかかり過ぎる。
「運転なんてできないですよ」
背後の声が断言した。河内はたたみかけるように続ける。
「一人で帰れるわけないじゃないですか。泊まってってください。俺んちすぐそこですから」
「運転くらいできる」
動かない体と違い強がった口は疲れを知らない。うごめく黒い感情も健在だ。
「同情か? 可哀想だとか思っているのか?」
「そうじゃない! 心配してるだけですよ」
「頼んでない」
河内の青白い顔が真っ赤になっていた。口を一文字に結び、眉間にしわが寄っている。
「あんたが俺に心を開かないのは、ただ単に俺が気に入らないから? それとも何か理由があんの?」
理由? 大ありだ。
怒鳴り散らす河内は鼻で大きく息を吐き、拳を握っていた。
「そうやってひねくれて、拗ねて、イジイジしていればいい。可哀想だと思っているのは自分だろ。自分で自分に同情してるんだ!」
車に寄りかかり体を支え、怒りに燃える男の怒号を聞く。その若々しい言葉は私の重く気だるい体によく染みる。
この不自由な体になった自分が哀れで可哀想だ。そうだ、私は私に同情している。
「織田さん。俺の知っているあんたはそんなんじゃない」
「そいつはもういない」
そんな男はもういない。織田と呼ばれたプロボーダーはいない。
「わかってるってば!」
「何がわかってるんだ? 運が悪かっただと? 運だけでプロになったとでも思っているのか? 運が悪かっただけで私がやめたとでも―」
勢い余って体を起こしたせいで重心がずれ、体重を支えるのさえままならなかった足はバランスを失い、私の体は足元から崩れていった。
尻持ちを付き、車体に背中を打ちつけた。痛みに呻りながらも私は言葉を切らなかった。
「―思っているのか? 好きでやめたわけじゃない。運が悪かったわけでもない」
最後の方の台詞は小さくなっていた。
運が悪かったのではないのだ。私が自ら招いたものなのだ。
河内は私の足元に座り、なだめるように諭すように口を開く。
「思ってない。それは俺が運のせいにしただけだ。俺の話だよ」
無様に座り込み、息を切らさせてウェアのパンツを握る私の手に、河内は自分の手を重ねもう一度言った。
「俺の話だよ、織田さん」